2017年02月18日

LIVE撤収

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貝塚の実家に、LIVEを設置稼働していることは、何度か述べている。
ちなみにLIVEとは、広帯域VHF干渉計の製品名である。
アメリカから二年間阪大に滞在してくれた、M君が貢献してくれた成果物である。
昨日そのLIVEを撤収した。正確には大阪大学のKさんが撤収してくれた。というのは、今年4月7日から一か月間、アメリカはアラバマ・ハンツビルで日米の共同観測の計画があり、日程から考えて準備にかかる期限に近いからである。
この日の撤収は、日本に帰国した月曜日に既に打ち合わせていた。ところが一昨日の天気予報では天気は下り坂、午前中に寒冷前線が通過とのこと。実際午前8時頃にはいきなり一雨。急ぎKさんに電話して
「雨降りそうやし、撤収延期にしようか?」
と提案した。ただ次の機会といえば、週明けの月曜日か火曜日しかなく、週間予報ではその頃にもまた雨が予報されているし、昨日と違って気温も下がるという。
「じゃぁ9時の様子で、最終判断するから。ともかく待機して、いつでも貝塚に来れる準備を頼みます。」
と伝えれば、二つ返事で了解とのこと。そして電話を切るころから、それが少しずつ明るくなって雨も上がり、それならと少雨決行の結論を出した。
その後は10時半頃南海貝塚駅でKさんを拾って、ともかくも撤収となった次第。
ただ撤去してしまって雷活動の常時モニターが出来なくなったのは、如何にアメリカでの観測があるとはいえ、いささか心寂しい。
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2017年01月18日

自叱

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もう一山、あるとは思うてたけど、ほんまにあったなぁ。
同じ一山でも、バナナ一山やったら気楽なんやけど、ほんまに。
気ぃ重いなぁ、ここ数日。
ほんで柄にもなく弱気の虫が出そうになるけど、ここで負けるわけにはいかへんしなぁ。
68歳にもなって、「男の美学」もないかも知れへんけど、まぁしゃぁない。
正直言うとや、64歳までの人生にも、山はなんべんもあったんは、事実や。
ちゅうてもそれらの山は、自分の努力で乗り越えることできる山やった。
「自分で乗り越える」の中には、ほかの人にヒントもらうとか、教えてもらうとかちゅうようなもんも含まれてるんやけど。いずれにしても、ほんでわいには、それをそのたんびに乗り越えて、定年まで務めおおしたちゅう自負ある。
まぁ、科学ちゅうか学問ちゅうかは、そんなもんなんや。
せやけど、お商売はちゃうなぁ。
努力だけではどうしようもないもんもあるんや。
まぁわいが、それだけこの世界で生き残るには甘いちゅうことになるんかも知れへん。
まぁ、思案のしどころちゅう時期かもしれへん。いやぁ遅すぎるかも知れへん。
せやけど、さっきも言うたように、今退散するわけにはいかへんね。
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2017年01月17日

神戸震災22年

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早いもんやなぁ、今日で22年や。そう阪神淡路の大震災からや。
今朝もテレビで、追悼式典の中継やってた。せやから、ついつい思い出すねぇ
朝5時46分、かたかた鳴ったんで
「地震かなぁ?」
と、考えるか考えへんかうちに、ブーンちゅう感じでおっきな揺れがやってきよった。
あん頃わいは、14階か15階建てのマンションの10階に住んでたんで、ほんまにようゆれた。子供ん頃のブランコちゅう感じやったなぁ。ほんで一分ぐらいゆれてたかな、あんまり長う無かったけどわいは
「マンション倒れそうやなぁ!」
「このマンション倒れるくらいやったら、大阪のほとんどのうち倒れるでぇ。」
「せやから、今ゆれてるけどそのうちおさまるやろう。」
と目まぐるしう考えたもんや。自分でいうのもなんやけど、意外と落ち着いて論理的に考えてた筈や。
家の中はともかくめちゃくちゃや。
「大丈夫かぁ?」
ちゅうて声かけるわいに、娘は
「机の下に入ってるから大丈夫!」
と興奮気味やった。ほんでわいは、
「マンション壊れるほどやったら、机の下なんか意味ないのに、まだ子供やなぁ。」
と思うた。一方や三歳ほど上の息子は布団を頭からかぶって寝たままやった。
「いやぁ、大もんやなぁ。もう一丁前やなぁ。」
と親馬鹿な感心したもんや。
あれから22年、わいの中ではまだあの大地震は風化してないなぁ。
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2017年01月16日

67歳最後の日に

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67歳も残り一日。
明日からは、めでたく満68歳なのだ。(あまりめでたくもないか??)
まぁ、気持ちを引き締めなおして、諸事取り組もう。
ただ「諸事」といっても、何か具体的なものがあるわけではない。
大学生の頃には、正月三が日のどこかで、毎年の様に一年の計なんて考えたものだが、そういった感性の、どんどん希薄になるのが、年齢という物らしい。そして体力的には、自身でも衰えをひしひしと感じるこの頃、68歳の一年間はどうなるのだろうの思案は巡る。ただ「どうなるのだろう」といった他人任せは性に合うはずもないので、ここは主体的に目標ぐらいは立てねばなるまいと言い聞かせ、文頭の「気持ちを引き締めなおして」ということになる次第なのである。
そもそもついつい忘れがちながら、ここシンガポールには
「生まれた国が、あまりにも定年した者を粗略に扱う。」
事に腹を立てやって来た筈。そして学者としてではなく、
「徒手空拳ながら一起業家として成功例を残したい。」
と考え、国・政策を見返してやると、年甲斐もなくと決意したつもり。
その決意は鈍ってはいないものの、東南アジアの環境は思いの外厳しく、現時点では予定・期待を大きく裏切ってきている。「環境」の中には、当地で活躍する華僑のしぶとさ、強さ、あくどさといった、人為的環境も当然含まれる。
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2017年01月12日

想い出

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革マル派(正式名称:日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派)の議長の本名その住居が確かめられたと、ネット新聞が報じている。この記事を読んで、もう四半世紀以上も昔、名古屋大学から大阪大学に移動した当時の事を思い出した。
名古屋大学から大阪大学の移動は、確か1989年7月16日付梅雨も終わりかけていた頃であった。それから二ヶ月ほどして私は、突然公安警察官二名の訪問を受けた。訪問は何の前触れもなくいきなりで、それも名刺を差し出して身分を隠そうともしない形であった。私は訪問の真意も判らず、かといってこちらから探り出そうという意識もなかく
「名古屋大学では、組合の空電研究所支部委員長でした。今日のご訪問はその関係ですか?」
と、真っ正直に尋ねた。そして
「ただ組合の支部委員長といっても、今のご時世かつてのような武力闘争はおろか、ストライキだって稀ですから、公安警察が神経質になることは無いと思いますよ。それに私はどちらか言うと右翼っぽいですしねぇ。」
と続けた。その後一時間ばかりとりとめもない話をしたけれど、懐の深い公安警察は私ごときではその腹を曝すはずもなく、帰って行った。未だにあの時の訪問の真意は判らずじまい、ただ後になって
「やはり危険人物かどうかの見極めだったのかなぁ。公安警察って、あこまで慎重・執拗なのかも知れないなぁ!」
と、ふっと考えたことも少なくない。ただ私自身、丸裸にされていたとはとても考えてはいなかったとはいえ、公安警察恐るべしなのだろう。
よくよく考えれば、大学3年の1月には3月末までの「授業料値上げ反対ストライキ!」を、ほぼ完全に成功させ、スト破りといえば片手で余るほど。つまりあの時は、クラス全員での意思統一をやってのけ、まずはストライキを否決目指そう、否決が無理なら無期限ストライキだけは阻止しようと考えていた。すなわち工学部学生大会では、野次と怒号の中、ストライキ反対動議、これは予想通り否決され、それならとこれまたより一層の野次と怒号を背中に、予定通りストライキは3月末日を期限とするとの動議を出した。そしてこの要求は賛成多数で認められ、2ヶ月間の有期限ストライキを張ることになった。それゆえ私は少なくとも自分の級友だけにはスト破りを許さないでと、毎朝1時間目から放課後まで、時間表を頼りに教室巡りを行ったこともあって、教授の先生方にはすっかり名前を憶えて頂き、それで得も損もした。いずれにしても私のクラスのまとまりは、学生ストライキにありがちな、あとは野となれ山となれといった投げやりな形では決してなかったと自負している。そして公安警察の二人は、こんなことも多分知っていたのだろうと勝手な憶測をしている。いや正確には、彼らの訪問から数か月後、自身の中でそう結論した次第である。
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2017年01月06日

年賀の挨拶

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今年私が友人知己にお送りした年賀メール。

新年あけましておめでとうございます。
すっかりご無沙汰ですね。(一年に一度のご挨拶かな?)
私は今年も新年をシンガポールで迎えました。
当地滞在も3年半、株式会社雷嵐を起業して3年(実質1年)となりますが、
武士の商法ならぬ大学人の商法のためか、なかなかままなりません。
とはいえ、昨年にはVHF波帯広帯域干渉計(LIVE)を一基受注し、少し前進です。
毎年の年頭所感ながら、「今年こそ!」の意気込みです。
もうひと踏ん張りしてみますので、応援願います。

数年前から賀状はやめて、大晦日から新年にかけて年賀のあいさつを電子メールでお送りしている。
年賀状を電子メールに変えた頃は、
「まだ新年を迎えてませんよ!」
といった返礼も届いたけれど、最近は一応認知していただけるようになった様で、その手の反応は皆無となった。。

さてそんな年賀メール、今年のキーワードは、「今年こそ!」。正夢にしたいものである。
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2017年01月03日

馬鹿正直な私?

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年末に、今までのお手伝いSさんとの契約が切れたことは、すでに申し上げてある。
半年間とはいえ、情も移るし
「私達も、次の雇用主を探すのに協力するよ!」
と、あれこれ知り合いを探っている。
そんな中、たまたま一人の友人から
「お手伝いを募集しているシンガポール人家庭がある。」
の情報が入った。
それならということで、暮れも押し詰まった大晦日の日に、シンガポール人家庭で非公式な面談をしてもらった。私にしてみたら、そのS さんは娘みたいなものでもあり、面談に同行して雇ってくれそうな先方と挨拶。その後私は席をはずして、当人達だけで小一時間の面談となった。面談の詳細は聞かなかったけれど、Sさんの出した条件を検討するから、一両日時間が欲しいという。その申し出を否定する理由もなく、我々は帰宅した。
自宅に帰るとSさんは
「条件を考えるとおっしゃっていたので、私も他の可能性を並行して探したい!」
と言い出した。私にしてみれば、日本人のメンタリティーで、
「そんな二股をかけるようなことは、信義に反する。先方からは、1月2日に返事が来るので、それまで待とう。」
と説明したが、なかなか「信義に反する」の意味が理解してもらえず、
「先方だって、他の候補者を当たるでしょう。」
というのが、S さんの主張。
「日本人は、天秤にかけることを嫌いなんだよ。それに1月2日までは、エージェントも休みが多いだろう。」
と何度も説明、どうにか納得してもらった。
ところがである、今夕連絡がきて
「他の方とも面談しました。我々にとって、もう一人のほうが条件面で有利ですから、その方を採用します。悪しからず。」
と、にべない返事。なんのことは無い、先方が天秤にかけていて、改めて自身の馬鹿正直を知らされる羽目となった。そしてSさんには平身低頭してのお詫びとなった。
人情紙風船とはこのことか?
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2017年01月01日

謹賀新年

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新年を迎えた。
ベッドから這い出たのは、5時半頃だったろうか?
新年の誓いを一暗がりの中で、しみじみ・・・。
そして今更に昨日までいたお手伝いSさんのことを考え、少しだけ感慨にふけった。

実は昨夕、半年間お世話になったお手伝いのSさん、契約が終わって我が家を後にした。引っ越し荷物は、従妹から借りたというトランク2個を含め、トランク4個、リュックサック1、手提げ紙袋2さらには大きなぬいぐるみ2つと、とても女性一人で持ち運べる量でない。我が家に来たときは、トランク2戸だった筈だから、半年間住み込んでもらった内に、彼女の持ち物も随分と多くなったというべきだろうか。
ちなみにリュックサックの中身は、チョコレートだけ
「フィリッピンの子供たちは、チョコレートが好きだから。」
という。
その量を考えれば、感慨に浸っているわけにもいかず、従妹が住み込んでいる家までタクシーで送ることにした。それでも一番大きいトランクは、春先に故郷のフィリッピンに送る衣料ということで、急に必要ではないとのこと、
「それなら、しばし我が家で預かろう!」
と提案して納得してもらった。それでも、トランク3個は十分に沢山な量である。
ただ昨日は大晦日、いざタクシーを呼ぼうとするとなかなか見つからず、グラブタクシーで予約すれば、通常の倍の料金、それを已むを得ぬと出かけた次第である。
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2016年12月31日

おおつごもり

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おおつごもり、大晦日。本当に一年は早い。そして今年も昨年同様、シンガポールでの越年である。余談ながら真夏の正月というのは、間の抜けた感じがして、なかなか馴染めないというのが、本当のところである。寒風の無い新年には、そもそも風情がない。
さてそんな当地滞在も足掛け5年となる。
実はこの地にやって来たの時私は、64歳半ばだった。
「この地で起業し、違った生き様のあることを若い仲間に示したい!」
と理想は高かったというのに、現時点では意に反して、その起業もようやく走りはじめたところ、というのが現実であろう。
時折、明治維新の武士の商法とやらで士族の起業がうまくいかなかった、という歴史を思い出し、
「やっぱし大学人の起業は、そんなものかも知れんなぁ。」
と自嘲気味にもなる。それでも、LIVEと呼んでいる干渉計も、近隣の諸国から一台、二台と引き合いがきており、
「来年の大晦日には、もうちっとまともな一年の総括ができるようにしなくては。」
と年末の決意である。
年明け3日には、クアラルンプール出張が入っており、少しは明るい兆しもある。
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2016年12月01日

朝の御堂筋

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何年ぶりやろう、昨日朝9時半頃難波から心斎橋まで歩いた。
11月晦日の朝はさすがにひんやりしていた。
戎橋、俗称ひっかけ橋では、外国人観光客や修学旅行らしい集団が、グリコの例のRunning Manを背景に、盛んに写真を撮っていた。グリコの看板を今やすっかり観光スポットになっている。ちなみにあともう一つは、かに道楽の動く大蟹人気の一つと聞いている。
こんなことを見たり考えたりしていたら、あっという間に心斎橋についた。
そしてふっと思い出したのは、もはや60年近くも昔のこと。
母に難波、心斎橋界隈に連れて行ってもらうのは、あの当時の私にとって多いなり楽しみの一つであったけれど、一つだけいやだったのは、帰り道の本町から難波まで歩かされるのがいやであった。歩きたくないとぐずったことは無いが、母は私の気持ちを見透かしていたんだろう。
「善一郎、北極でソフトクリーム食べような!」
と、それとなく元気づけたものである。
私は、ソフトクリームやアイスキャンデーにつられて、本音ではいやだと思いながらも、一所懸命歩いたものである。
心斎橋で所要を済ませてからは、御堂筋に出て色づき始めた銀杏の木を見ながら、本町まで足を延ばした。思い出した昔を再現しようなどと考えたわけではないけれど、少し時間もあったので足を延ばした次第。御堂筋には落下した銀杏の実が、少しぷんと匂っていた。この時期の大阪の風情である。
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