2017年06月05日

夜間の絶食時間

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夜は日が替わって次の日になる前に床に着くよう心掛けている。
その頃になると、俗にいう小腹がすいてくる。
私は、その状態で、つまり若干の空腹を感じながら眠るのが好きである。
好きというよりも、30歳ころからの習慣というべきかも知れない。
私の、高校、大学を通じての友人のG君、記憶違いでなければ、一緒に下宿をしていた若い頃
「腹が空くと、腹が立って眠れない!」
とよくこぼしていた。そして深夜に共にラーメンをすすったことも何度かあった。
ただ肥満体質の私は、30歳ころから遅い時刻に夕飯を摂る機会を極力減らすようにして、体調管理に配慮するように努めた。何か「健康本」を読んで、そのようにしたのではないが、健康管理を考えたことは間違いない。
確かに人との付き合い上、遅い時刻の飲食も避けがたいこともあったけれど、それはそれで割り切って対応した。つまるところ、夜8時以降は飲食しない、そして朝食は規則正しくと、まぁ食事に関しては「聖人君子」たるよう極力努力したきたのである。
ところが先日何のテレビ番組だったか、
「夜間の絶食時間を、11時間から12時間程度きちんと守れば、糖尿病の予防につながる。」
といった内容の放送をしていた。実際ある大学の相撲部の選手を対象にして、朝食直後の血糖値を測定するなどして実験し、効果のあることを証明していた。実験とはいえ、きちんとした環境でやっているわけではないけれど、現象論的に何やら正しいとの印象が得られた。テレビ番組の内容はともかく、私としては30歳の頃からおおよそ40年近くとってきた態度が、自身の健康に役立っていたのだと内心ほっとしたのは事実。ただ寄る歳なみ、爺になって自身の健康に自信が持てないという、弱気が出たのかも知れない。
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2017年05月25日

悪戦苦闘

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シンガポールのLIVEに関してである
LIVEと申し上げても、ピンとこないご常連様には、この爺が長年取り組んできたVHF波帯広帯域干渉計についてと申し上げる方が判って貰えるだろう。今はアメリカに戻ったマイケルさんがほぼ2年間にわたって取り組んでくれて、昨年10月末ごろからともかくも稼働中である。この間今日に至るまで、停電による一時停止はあっても、それ以外は機嫌よく動いてくれており、ハードウエアとしては堅牢に仕上がったものと、私なりに納得している。それにこの4月から5月にかけて、マイケルさんの育ててくれた工藤女史が、アラバマで一か月余りのLIVE観測を実施、成果の程は確認できていないとはいえ、まずまず大過なく動作てきていた模様で一安堵といったところである。
ただシンガポールのLIVEに戻って申し上げるなら、観測そのものはかくも電波的に「公害」を受けているこの国で、曲がりなりにも動作できているというのは脅威的である。実際工藤女史のやってくれた急ぎの事後解析結果でも、ぎりぎり満足できる様子だから、LIVE(干渉計)としては、電波源の方位・仰角の計測はうまくいっているのは間違いない。ところがいろいろ確認しているうちに、(方位、仰角)から(緯度、経度)への変換が、何やら怪しいのではないかと思えてきた。早い話長年の感である。とはいえこの爺は、プログラミング言語なら化石時代のFORTRAN派であり、LIVEはなんとPython で書かれているため四苦八苦。企業秘密もあり詳しく述べることはできないけれど、文法書を片手に悪戦苦闘、漸く怪しげな個所に行きつくことができたというのが、本日の落ちである。
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2017年05月16日

叱られて

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通りすがりというお方から、コメントというかお叱りをというかを、頂いた。
「自然科学のランキングに登録しておきながら、内容がそうでないものが多すぎる。」
という内容であった。
言い訳するつもりはないけれど、私自身は自然科学者の端くれであることは紛れもない事実、だから更新する内容はなんであれ、自然科学のランキングに登録しておくのが良いだろうと考えた次第である。まぁちょっと気取って、寺田寅彦ならぬ寅キチを気取っているつもりなのだが。
それにもう一点の併せてのご指摘
「不正なことをやってランキングを上げているだろう!」
これは全く誤解されていらっしゃる。
確かに自分自身で、朝、昼、晩とクリックすることもあるが、それを不正というなら弁解のしようもない。やっているのはそれだけのことで、68歳のこの爺あれこれ細工のできる筈もない。ただ3月末以来仲良くなった5名のちびっこファンが、
「善さん、順位を上げよう!」
と応援してくださり、朝晩ちびっこなりの人海戦術を展開してくださっているだろうことを、これまた認めるとしてもそれ以上は全くない。ちびっこも、この爺同様小細工のできる暇も無い筈なので、濡れ衣も甚だしいのである。
ただちょっと気になるのは、いつもは100から200の毎日の入場者数が、数日前一日だけ、なんと1600超となり、私自身
「なぜなのだろう?」
と不思議に思ったほど。ちょうどテレビでは、サイバー攻撃のニュースの流れた日だっただけに、
「ひょっとしたら、ハッキングされているのか?」
なんぞと心配した。
実はこの風塵雷人を始めた当時、一度俗にいう「炎上」したことがあり、それが開設以来の来場者数150万超と来場者数表示の桁数を10桁としている根拠で、あの頃は表示が7桁だったから一度か二度は回っている筈である。
まぁそんなこんなやで、自然科学の内容を意識して上げさせていただく所存ながら、ぜひぜひ「寺田寅キチ」もお認め頂きたく・・・。
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2017年05月14日

母の日に思う

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今日は、母の日である。
この爺小学生の頃は、学校でカーネーションの胸飾りが配られたものだ。
この頃はどうなのだろう?
この国シンガポールでも、Mother’s Day の広告がよく目に留まる。
昨日なんぞ、こんな爺に近所にあるモールで
「明日は、母の日ですが!」
とチラシを配られた。
ただそんなことでもないと、68歳の今となっては、母の日の事を思い出すことがなかったかもしれない。
そんでもってつくづく考えた。
母の他界は、私が12歳の時だったから、享年34歳7ヵ月だった。7ヵ月を切り捨てれば、この爺は既に母の倍生きたことになる。
「思えば、遠くへきたもんだ!」
なんぞというセリフ、シンガポールに住んでいることもあって、地理的にも時間的にもぴったりといったところだろう。
それにしてもここ数年の人生、本来なら総まとめする時期なのに年甲斐もなくもう一仕事と考えたのが、あれこれ問題だったようで、この間裏切られたり恨まれたり、いやはや忸怩たる思いである。ただこの爺の信念は、
「裏切られても、見返してやろうなんぞと考えるな!」
「恨まれても、互いに心有れば修復できる。」
といったところにあり、老骨に鞭うって、やり始めた「起業」に専心。徳川家康の言葉
人の一生は、重荷を負うて遠き道を行くがごとし。
を地で行く毎日ながら、
「わいは、ひつこいのんがとりえやでぇ!」
「わいは、朗らかなんもとりえやでぇ!」
と、気張っております。
母上の残りの34年を頂いてもう一踏ん張りです。
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2017年05月09日

飲酒は悪か?

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私は、「信仰の自由」が持論である。
主義主張も自由であって良いと信じている。
色々な宗教、いろいろな政治信条、そう社会には多様性があってしかるべきなのである。
だからこのブログで、これらの話題をあれこれ言うことは、極力避けてきたつもりである。
ただそれでも、先日聞いたある友人からの話は、何となく頂けなかった。
敢えて宗教名は出さないけれど、あれこれ戒律の厳しい宗教信者である私の友人、何かのきっかけで酒の味を知り、私との語らいのおりなど、適宜付き合ってくれる。
「信仰の関係で、本当は飲んだらいけないのだが・・。」
なんぞと言いつつ、結構の量を飲んでも乱れたりしない。
まぁいい酒である。
ところがこの友人、第三者がいると、まず飲もうとはしない。まぁその第三者が十分気心の知れた友人なら別だが、
「宗教上飲めない!」
とにべもない。私も彼がそういう態度をとるときにはさらっと受け流し、それ以上は勧めないよう気を付けている。というのも以前に直接「その豹変ぶり」を正したら
「私が飲酒したことを、他の信者が宗教指導者に密告すれば、罰を受けるので。」
と聞かされては、
「なんや、江戸や戦前の隣組やなぁ!そんなことなら酒盛りは二人の時に。」
と決めずにはいられなかった。
私の友人自身、決して酒・アルコールの類を「悪」だとは考えていない様で、以前に有名な日本酒をプレゼントしたら、
「シャンパンみたいにドライだ!」
とその晩電話がかかってきて
「なんや、シャンパンも知ってるんかい!」
と感心したほどである。
いずれにしてもあの密告制度、私は認めたくない!
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2017年05月05日

子供の日

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日本では、今日は子供の日の祭日である。
黄金週間の後半、今日を入れてまだ三日もある。
私が子供の頃、そう60年近く昔には、5月4日は休みではなかった。それに土曜日も休みではなかったので、三連休なんて結構珍しかった。つまり5月4日が土曜日か日曜日だったら、3日の憲法記念日と5日の子供の日を併せて三連休となる。
そんな三連休があったのは1957年と1958年、大仰な言いようながら、未だにあの三連休の感激を覚えているような気がする。この種の感激は、通常最初のものが長く記憶に残る筈だから、多分1957年(昭和32年)の事なのだろう。私は新学期の始まった頃から、何度もカレンダーを見て三連休を心待ちしたものである。ところが三連休に何をしたのかなんて、一つも記憶に残っていないから、不思議である。そう、わくわく感は心待ちしているときの方が、はるかに強いようだ。
そんな昔の思い出と併せて蘇ってくるのは、自転車での遠出である。
あの頃に日本では、まだまだ自動車の数が少なかった。道路だって舗装されていないでこぼこ道が多かった。だから子供が自転車で遠出をしても、あまり交通事故に遭う危険は少なかった。私の育ったのは、大阪府南部の貝塚市、そして市の東外れに近い里山。2017年の今でも町内には信号機が一つもない。ちなみにコンビニもない。そんな田舎だから、電車に揺られて貝塚市や隣の市である岸和田の繁華街に行くことさえ稀であった。だから小学校の高学年になって、貝塚まで自転車で行って来たらという大人達からのお許しが、ある意味成長を認められたという証拠でもあった。5月初めの三連休の年の二三年五だったろうか春休みに、漸くお許しが出て私は貝塚の街に自転車で出かけた。出かけたのは、貝塚の本屋さんに行って、中学生が使っている地図帳を買い求めること。社会科の授業で、級友の一人がそんな地図を持って来ていて、私自身うらやましさも手伝って、歯痒かった経験をしていたこともあって、母親に強請っていたのである。距離にして5km〜6km の道を自転車で往復した。帰りはもうすっかり暮れなずんでおり、家に戻ったときにはもうとっぷりと暮れていた。他愛無い思い出ながら、あの達成感はいまだに誇らしい。
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2017年04月21日

緊張感

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何度も書いているので、
「あなたの主張は、耳に胼胝ができるほど聞かされている!」
と苦情を頂くかもしれないと危惧している。それゆえ今日は自身の経験を披露しながら考えたい。
私は大学を定年退職したとはいえ、科学者の端くれのつもりである。それゆえ研究した結果は、査読の有る雑誌に投稿し印刷物とする必要があるし、一方では研究内容を同業者の集まりである国内外の会で発表して、信を問わねばならない。
生まれて初めての学会発表は1973年秋の事で、伊豆の修善寺か長岡で開催された電気学会・電磁界理論研究会だった。温泉街で二泊三日の泊まり込みでの研究会、44年も昔の事で、当時はまだそんな温泉街での研究発表会が、比較的多かった様に記憶している。温泉街とはいえ、一部屋に5〜6人で雑魚寝のつつましやかな宿泊であったが、何かと口うるさい今日なら、大学当局から
「そんな遊興地への出張は・・・?」
と、釘でも刺されそうな気もする。
昔のことを思い出すと、話が本筋からついついずれそうになる。
初めての発表から、今までに何度発表したことだろう。発表は日本語であったり、英語であったり、まぁこの歳になると、場数は十分に踏んでいる。ただそれでも、この歳になっても発表前の緊張感は一向に緩和されることは無い。さらには講演し終えての
「ああ説明すべきだった、こう答えるべきだった。」
といった、失敗感、後悔感は無くなることがない。早い話、数をこなしても、年を経ても、人様の前で話をすることに慣れることは無い様だ。
以前結構向こうっ気の強い学生が居て、その学生が博士課程に進学、後輩に
「そのうち発表にも慣れるよ。僕くらいになるともう全然緊張しないよ。」
と強がっていたけれど、よくよく注意してみると彼なりに上がっていた。
さらには、私より10歳程度年長の仲良しの米国人研究者、この方も緊張がすごく、発表中は口ごもったり小刻みに盛んに手を振るという癖があるのを知っている。
つまり我々研究者は、発表にあたって大いに緊張するのだけれど、逆にいえばこの緊張は、自身に対しての
「これでいいのだろうか?」
という、謙虚さ反省の表れだろうと私は理解している。
だからそういった謙虚さや反省の無い個人は、良い意味での成長が無いのだろうと私は理解しているのである。
随分迂遠な言いようとなってしまったけれど、政治・権力者だって同じで、反省の無い体制は独善的であり、社会を誤った方向に導いてしまう危険性が高い。
だからその独善を許さないのは、マスコミ・報道の役目であり、常に批判的であることが肝要、そしてその批判を受け入れない政治体制を、私は容認できないのである。
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2017年04月16日

卵を立てる

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イースターに関係して、もう一言。
大学院時代、先輩から
イースターに生まれた卵は、立つんだよ!
と聞かされ、真剣に生卵を立てようとしたことがある。
今から考えれば、その先輩、私を担ごうとしたのか、あるいは「色付きの卵」の件を誤解していたかの、どちらかだったのだろう。ともかく私は、かなりむきになって生卵を立てようとした。ご常連は多分ご存じだろうが、ゆで卵なら回転を与えれば立つし、コロンブスの卵よろしく、少し割れ目をつけてやれば立つ。ただあの時は、生卵を壊すようなことはもちろん、何も細工をせずに、立てようと努力した。
研究室の友人達は
「そんなものは立つはずがない!」
と、全く相手にしようとしなかった。が、私はテーブルの上で諦めもせず、くるりんと倒れるのを何度も何度も繰り返した。
この歳になってもしつこいところは全く変わっていないが、当時は若いだけにもっとしつこかった。たまご立てを始めた頃は、何人かが周りにいて冷やかしたり励ましたりしていたが、そのうち一人減り二人減り、気が付けば私は一人で馬鹿みたいに繰り返していた。そして日付の変わる頃、なんとありえないことながら卵が立った。ともかく立った。
どこでやっていたのか、何の会合だったのかも覚えていないが、ともかく何人も集まっていたことは事実。私は大いに興奮して
「卵が立った!」
と声をあげた。当然何人か集まってきて、
「何か細工したんやろう?」
と苦労してやっとのことで立てた卵を、ひょいと取り上げそれこそためすすがめつ、
「なんも変わってないなぁ。ゆで卵とちゃうよなぁ?」
と、その卵をわって割ってまでして確かめた。その頃には何人も集まってきていたので
「いや善さんほんまに立てよったでぇ。何か細工してあるやろと持ち上げたんで、立ってるの皆に見せられへんかったなぁ!」
と証人になってくれた。それでも大半は半信半疑で、
「ぐるになってんちゃうか?」
とまでいうものもあらわれる始末。
「ほんならもう一回立てる。」
と別の卵でやってみたら、コツを会得していたのだろう、意外と短時間で無事卵が立ったから大いに盛り上がった。
ちなみに最近も卵立てをやってみたら、10分ほどで無事立ったことを報告しておきたい。
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2017年04月14日

励ましの言葉

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尺取り虫は延びようとするとき必ず縮む
これは中学校を卒業する際、恩師が私に送ってくれた言葉である。中学の卒業は15歳、今この爺は68歳だから53年も昔の事になるが、今日仕事からの帰りに歩道を這っている芋虫を見かけてふっと思い出した。
私達の中学生時代は、卒業となると寄せ書きや、サイン帳にサインを貰ったりしたもので、最初に示した言葉は、確かそのサイン帳の第一頁に書かれていた。当時は今のようにスマートホンがあるわけでなく、写真もまだまだ高価な時代、中学校のつくる作って配布してくれる卒業アルバムはあったけれど、思い出の写真なんぞといえばそれくらい、手書き文化というと大仰ながら、そんな時代だったのである。
余談ながら、あのサイン帳はどうなったのだろう。高校、大学と終えて就職して後は引っ越しすることが多くなりいつの間にやら行方不明になってしまっている。
話を最初の言葉に戻す。
中学校の恩師には、実は三年間続けて担任してもらった。一学年6学級の中学校にあって、担任が3年間も続くというのは珍しい。ただ随分と後になって
「C先生、目を離したらあの子はだめになる!」
と、意図的に担任をして下さったと聞かされた。それが30歳になった頃、私の生き別れた父とC先生は親友であったことも知り、成程と一人合点できたことが今となっては懐かしい気がする。
尺取り虫は延びようとするとき必ず縮む
この歳になっても、含蓄のある言葉である。
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2017年04月12日

クリスピーの散歩

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この爺のブログには、ご近所の二人のお子さん、先月来星された日本人家庭の三人のお子さんが訪ねてくれているらしい。少なくとも5人以上の10歳前後のご常連さんがいることになる。そう考えると「共産党以上過激派以下」の左翼思想の爺ながら、時には政治色を離れた内容で更新せねばと考えた次第である。
さてご近所のお二人、ここ数日犬を連れて我が家にいらっしゃる。聞けば知り合いの日本人家庭が一時帰国され、一週間余り飼い犬を預かっていらっしゃるとの事。犬の名前はクリスピー。そして夕方のクリスピーの散歩がお手伝いなのだそうだ。この国シンガポールの小中学生の登校時刻、半端じゃなく早いので、さすがに朝の散歩は無理だろうと思う。ただ残念ながらお嬢さん達、散歩させる意味があまりお解りで無いような感じもする。一度散歩に同行した際
「なるべく土の上を歩かせてあげなさい。タイルの上では、クリスピーもウンチしにくいだろうから。」
と助言したら、少し歩いただけでめでたく排便してくれた。
「善さんよくわかるねぇ!」
と感心していただいたのだが、その言葉で昔のことが蘇った。
実は小学生の頃、我が家では犬も猫も飼っていた。田舎の事ゆえ60年も近く昔のあの頃犬は放し飼いが普通であった。さすがに夜は鎖で繋いだけれど、昼は全く犬の自由行動だったのである。一方猫は家への出入り自由とはいえ、通常は家の中にいる。それで適当な大きさの木箱に砂を入れ、三和土において排便させるのであった。そして一二度教えるだけで、めったに粗相することもなく、二三日に一度砂を入れ替えてやるのがこの爺(当時10歳位かな)の仕事だった。だからというだけでもないが、犬や猫の振る舞いはある程度この爺には理解できるのである。
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