くどいようながら、現在2024パリ・オリンピックが開催中。
その連想から、1964東京・オリンピックを思い出した。昭和39年10月10日が開会式であったが、この日の決定は「快晴の特異日」に基づいていると聞いたことがある。特異日を根拠に決定したという話、本当かどうかはともかく、大快晴の土曜日であった。60年前の事なのに、あの日の空の青さは記憶に残っているような気がする。高校の授業が終わって急ぎ帰宅して、テレビの前にかじりついた。
あの年1964年、私は高校に進学した。記憶に間違いがなければ、1年9組で教室は他の一年生クラスと異なり、三階であった。ちなみに一年生は一階、二年生は二階、三年生は三階となっていたのだが、我々団塊世代の学年は、募集定員が一クラス分多かったための措置であったと記憶している。一階下が2年9組の教室で、その先輩達と九月末に実施された体育祭恒例の仮装行列を、東京五輪の入場行進と銘打って共同で行った。企画は良かったのかも知れないが、その仮装行列は優秀賞をもらえなかった。私自身どの国の選手の役を演じたのか、出し物を覚えているのに、自分の役に関しては、記憶が全く無い。今の時代なら物議をかもすかもしれないが、顔に黒いどうらんを塗って、アフリカのどこかの国の代表を演じたのかも知れない。何せ二クラス共同で100人余りの行列とはいえ、五輪の入場行進としてはやはりお粗末だったのだろう。

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