2016年11月29日

商売は難しい

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ちょっと心寂しい話題。
一時帰国していることは、すでに述べてある。
昨夜実家に行ったら、弟が帰宅していて一人で夕食を採っていた。
あんな早い時刻の帰宅など珍しい。
「なんや、一人かいな?奥さんは?」
と声をかけたら、
「カルチャーセンターか?僕の晩飯だけ作って、出かけてしもうたんや。」
とのこと。
「一人で食べても詰まらんし、酒でも飲むか?大したあてもないけどな。」
という。
そんな次第で、男二人の酒盛りが始まった。やがて
「兄ちゃんもそろそろ70歳やろ。シンガポールの仕事いつまでやってるんや?」
に始まり、あれこれ話すうちに
「いやあ、幼なじみやし、ちょっと頼んだら了解してくれる思うてたのに、土壇場でごねられてなぁ?」
と愚痴ったら、
「そんな甘い判断で仕事薦めたんやったら、そら兄ちゃんが悪いなぁ!」
と手厳しく
「大学の先生には、商売は無理やろ。僕なんか、前日ゴルフ一緒にプレーしてワイワイやってた知人に、煮え湯飲まされたこと何回もあるで。お金が絡むとそんなもんやで。」
という。そして
「商売は信用やし、そいでも信用したらあかんときもあるし、さじ加減が難しいなぁ。そのあたりが、兄ちゃんのこれまで生きてきた世界とちゃうとこや。いつまで頑張る気か知らんけど、甘い判断でやったら絶対あかんで!金が絡むと、人は信用できへんで!」
とくぎを刺された。13歳も下の弟ながら、20歳過ぎから商売の世界に生きてきているだけに、いうなら酸いも甘いもという陳腐な表現ながら、教えられた気がした。
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2016年11月28日

貝塚に帰って

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今朝午前9時頃、関西空港に到着。
数か月前同じように降り立った時、風のさわやかさを感じたものだが、季節の移り変わりはことのほか早く、今朝の関西空港はえらく寒かった。とはいえ用意周到、フード付きのパーカーを着込んでの帰国、寒さで固まってしまうようなことはなかったのがせめてもの救いである。
貝塚の自宅について、雨戸をあけ放ち家に風を通してみたが、さすがにそれは寒すぎるので、断念するほかはなかった。とはいえ夏なら一月以上も不在にすると、臭いがこもって耐え難いほどになっているのだが、そこは有り難いことに温帯の国の日本だけに、そのようなことは、ない様だ。シンガポールとはすっかり違う弱い陽射しに、改めて感じ入っている。
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2016年11月26日

冬将軍の大阪へ

朝のテレビニュース、もちろんシンガポールで見ているんやけど
「大阪もすっかり冷え込みまして・・。」
と言うてるで。
二三日前には11月としては、東京都心で観測史上初の積雪ちゅうとったし、来週一週間は日本に帰るんで、ちょっと脅威やなぁ。
なんせシンガポールは、年中夏やしなぁ。わいの体は、年中夏モードになっとるからなぁ。
そいでも不思議なんは、世帯じみた話やけど、この時期スーパーから、きゅうりがなくなりよるんねんで。
地元の連中に聞いたら、
「6月頃が旬!」
ちゅうとる。こっちでも夏は6月頃、冬とは言わへんけど少し涼しい季節が12月頃となっとるようや。
まぁきゅうりの話はともかくや、明日の夜中便で関西空港に向かうんや。
あれこれ苦労があるんやけどなぁ。
愚痴ってもしゃぁないし、ともかく気張って頑張るしかしゃぁない!
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2016年11月21日

朝日新聞から二題

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今朝の朝日新聞、「折々のうた」氏も、「天声人語」氏も興味深い。
まず「折々のうた」氏。
養老猛氏の言葉
「世界のことがわかってきたような気になるのは、わからないものを切り捨てていくからである。」
を引いて、あれこれ。含蓄が深いですなぁ。
どんなことにい取り組んでいる者に対してであれ、自身に聞かせるゆとりを持ってほしいものである。例えば自動車の免許を取って運転をするようになると、慣れてきたころが一番危険という点に通じる言葉でもある。木登りの故事にも似たようなのがあった。弟子に木登りを教える師匠、登り初めは黙って見ているだけなのに、おり始めた頃に気を付けるようにと助言するといった話があった。
私達の場合、学生諸君の学会講演、何度か経験を重ねるとそのうち
「先生、講演に上がらなくなりました!」
と言い出す頃が一番失敗をやらかしてしまう。そんな例を何度も見ている。
ちなみにこの私、未だに講演となると、緊張してしまう。早い話上がります。

次に「天声人語」氏。
こちらはいささか現実的な話題。
北の大地の鉄路がどんどん廃線に追い込まれていく傾向にあるという。「自力だけでは営業できない。」とJR北海道が10路線13区間を発表。対象は全距離の半分にも及ぶらしい。1980年代に断行した国鉄民営化、効率第一主義の成れの果てといえば言いすぎか?
いずれも故高倉健さんの主演映画、鉄道員(ポッポヤ)の舞台の駅も、「遥かなる山の叫び声」の舞台も消えてしまう運命にあるのか?郷愁を感じますなぁ。
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2016年10月02日

最後の山?

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日本国内に戻っている。
帰国は昨日午後10時少し前。滞在は次の日曜10月9日までの、おおよそ一週間の予定。シンガポールには問題山積で、本来ならとても一時帰国の余裕はないのだけれど、国内に国内の問題もあり、これから一週間は正念場である。
このブログに詳細なことは書けないけれど、国内の難儀も、シンガポールの難儀も全て干渉計をてこに立ち上げたいわゆる起業に関わっている。起業を思い立っておおよそ3年を経過し、何度となく
「もう無理!」
と諦めかけた。その都度何とか乗り切って、今日に至ってきた。そして
「この山が最後のやまだろう!」
と自身を鼓舞したのは事実である。そして今回こそ、最後の山になって欲しいと、老体に鞭うっている。
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2016年09月19日

スーパー台風

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NHKの日曜討論、「相次ぐ豪雨」での識者のご意見ほんまにイラつきますなぁ。
「スーパー堤防必要です。」
どれだけ高くて頑強な堤防を造れというのだろう。そして日当たりの悪い自然の少ない環境で、我々に住めというのか?
「あんなにも川に近いところに、施設を作って。」
大雨が降って犠牲者が出たから言える言葉で、かつては
「痴呆症の老人には、自然豊かな環境で生活してもらえば、改善する可能性も・・。」
なんぞと、別の有識者が薦めたのではないのか?
いやはや、何日か前に書いたように、権威者のいうことなんぞ信じてはあきません。
考えうる限りの完璧な対策を講じていても、その対策をものともしない天変地異が起こりうる。そしてその時権威者がまたまた
「想定外だった!」
と、言い訳するんや。
「スーパー台風!」
ちゅうのんも気になるなぁ。地球温暖化によるなんぞというてはったが、昭和34年の伊勢湾台風、昭和36年の第二室戸台風も、今でいうスーパー台風や。あの頃はまだ地球温暖化なんちゅうよな話はなかった筈や。
まぁ確かに今年は「スーパー台風」級のんが何回も発生しているし、わいは
「地球温暖化してない!」
ちゅうて主張する気はないけど。これで済ますんやったら、有識者はいらへん。その先を考えて、解説コメントせなあかんやろ。ほんでや、まさかの時に対応できる体制が、ほんまに大事やのに、その意見がなかなか出てこんななぁ。困ったもんや。
まぁ言い出したらきりないよって、今日はもうこれだけにしとく!
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2016年09月07日

論文は疑って読め!

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昨日の名言(?)と関連して申し上げたいことがある。それは
「論文をむやみに信用するな!」
ということである。
この持論は、現在来星ちゅうのマイケル君と不思議なほど一致した意見である。何も科学論文が、間違った内容であるという意味だけで、いっているのはない。観測・測定手法の進化・向上により、10年、20年以上も昔の技術では、解明しえなかった事柄もあるだろうから、よく考えてみよといったあたりに、先の言葉の主旨がある。
私がインドネシアからの留学生、レディーさんを指導していた15年以上も昔のこと、
「論文を読むときは、もしかしたら間違っているかという、批判的な気持ちをもって読むんだよ!それに新しいネタが其処から見つかるかもしれないし。」
と、何度も話したものである。二人にとって母国語ではない英語での会話ということもあって、当初はなかなか真意を理解してもらえなかった。実際、私との会話でレディーさんが、癇癪を起こして
「河崎は、私に論文を読むなというのか!」
と食ってかかってきたことさえある。私が彼にこのような接し方をしたのは、彼の研究のす進め方が、読んだ論文の模倣を志向しているように感じられたからである。
話は変わるが文頭の教え、私が名古屋大学空電研究所に職を得てすぐの頃、今はもうお亡くなりになっているEさんに
「この研究所では自然科学を取り扱っている。だから20年間論文として生き続けたら、大論文に近いねぇ。まぁ10年程度なら、及第点だろう。」
と教えられ、怪訝気な私に
「だってニュートンの慣性の法則は、アインシュタインが相対論を唱えるまでは、絶対の真理だったのだから。300年生き続ける論文は、天才の作品ということになるんだから。」
と付け加えられたのである。
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2016年08月31日

祥月命日

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子供の頃なら、今日は夏休み最後の日。ついでにうるう年の今年は、今日が210日。
古い記憶をたどれば、27日か28日頃から何となく憂鬱になり、そんな気持ちで縁側から西の空を眺めて、最後の宿題・写生と悪戦苦闘していた。憂鬱な気持ちがそうさせるのか、秋の気配を漂わせる西の空にちょっぴり渦を巻く灰色の雲が、私のお気に入りの題材だった。山の端をスケッチし、雲から描き始めるが常で、それなりに感動的な雲に描きあがるのだが、山の木々やふもとの家々を描き足すにつれ、どんどん貧相に仕上がって行った。画用紙の余白が埋まるころには、とても提出に値するような出来でなく、だからこそこの月の晦日は一層憂鬱だったのかもしれない。
それに今日は母の祥月命日。
亡くなったのは1961年だから優に半世紀は過ぎた。母は、昭和2年(1927年)1月の生まれ、だから享年34歳。私の年齢のおおよそ半分という若さ、今日の平均寿命なら、まだ生存していても不思議のない年齢である。実際一、二か月に一度は貝塚の自宅に帰るようにしており、帰れば母の同級生という人と会うこともある。そして彼らにしてみたら、私はいまだに「寿和ちゃんの息子」で、
「お母さんが元気だったらねぇ!」
と、慰めにならない慰めの言葉も頂く。そんな母の同級生も、すでに何人かは鬼籍に入っていらっしゃり、昭和はますます遠くなっている。
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2016年08月26日

私の百物語

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宮部みゆきの「三島屋変調百物語」を楽しんでいる。
だからであろうか、古いことを思い出す。
とりわけ亡くなった、祖母や祖母の妹の事が思い出される。
私は、祖母をおばぁちゃんとよび、祖母の妹の事をおばあさんと呼んだ。
というのは、祖母は私が小学校4年の年末に他界し、その後いろいろあって5年生になった頃から、そのおばあさんに育てられたこともあって、おばあさんと呼んだのである。
おばあさんには子供はなく、養子をとっており、私が転がり込んだ頃には家督を譲っていた。それゆえ、私はおばあさんにとっては、おばぁちゃんの忘れ形見で、厳しく育てられた反面、大いにかわいがられた。
そのおばあさんが、私が大学に入った頃ぼそっとつぶやいたことがある。
「善一郎も大学生になった。一人前にはもう少し時間がかかるやろうが、私のつとめは終わった。あとは、お迎えが来たら、ねぇちゃん(祖母の事をこう呼んでいた。)に報告するだけや。」
この言葉に続いて、
「そやけど、お前には三度びっくりさせられた。ねぇちゃんに申し訳ない、どう言い訳しようかと思うたでぇ。」
「一回目は、お前が筋炎にかかって、熱が高すぎて大暴れした時。二回目は、蓮池に蓮の花取りに行って、間違うてハチの巣つついて、何回も蜂に刺されたとき、最後は網膜剥離で、目の手術をしたとき。ハチの時は顔が真っ青になったんで、ショック死するかと思うたし、眼の時は頭に近いよって手術して死なへんやろか。手術で死なすんやったら、片目が見えんでもと思うたし。」
と何度か聞かされた。
その後私は下宿を口実に、おばあさんの家を出て、半ば独立状態となったけれど、おばあさんは
「週末には、顔を見せに来るように。」
と、完全な巣立ちをなかなか許さなかった。
大学に入って50年足らず、おばあさんを悩ました事件は、皆半世紀以上も昔の事である。
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2016年08月20日

お疲れ気味です

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久しぶりの週末。ホッとする。
振り返ってみれば、先週土曜日にはまだ日本にいたし、午前中には大阪市内に出て会合があった。そしてその帰宅は夕方だった。次ぐ14日日曜日は、これまた大阪市内の放送大学・天王寺校に出かけての、勉強会で帰宅はまたまたの夕方であった。
以前から何度も書いているように、寄る年波には勝てず、週末の土日を休養日としなければ、次の一週間が結構大儀なのである。だというのに、今週はシンガポールに戻り、そのまま一泊二日のクアラルンプール出張、そして昨日金曜日には終日のセミナーがあった。
(ほんまに、歳を考えんとようやっとるなぁ!)
そんなわけで今朝は、「日久しぶりの週末」とほっと一安堵する弱気が出ている。とはいえ、老体に鞭を打っているのは、ここ半年余りの活動の甲斐あってというべきだろうか、来年度の概算要求にLIVEを二基入れようという提案と、日本でいうところの今年度の補正予算で一基という申し出が、この東南アジアの二か国からあったから。それに来週にはもう一か国を訪問して最後の詰めをという予定なのだが、この調子だと来週に設置するLIVEに加えあと4基の売り上げが見込めそうで、疲れを感じている暇がない。
だからもう少し頑張ります!
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posted by zen at 13:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 雷人独白