2022年05月18日

爺版・折々のことば 13

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「仰げば尊し」歌わせて下さい。

半世紀以上も昔のことである。
岸和田高校の卒業式、その予行演習の際、私が手を挙げていきなり主張したことばである。
岸和田高校は、その校風はある意味若干左翼かかっていたのかもしれない。伝統的に、卒業式では仰げば尊しを歌わないことになっていたようだ。ただ同級生、とりわけ女子生徒の多くは、卒業式では定番のこの歌を歌いたものだと話しているのを私は知っていた。ただだからと言って、生徒の誰もそのことを主張するわけではなく、予行演習は淡々と過ぎて行った。
若者の特権は、年長者の有り方に異を唱えるところにあるのかもしれない。私自身そこまで深く考えたわけではないが、不意にその主張をしてみたくなり、手を挙げて主張したのであった。そして私の発言に同級生達の多数は、拍手で応え、その年つまり私達の卒業式には、仰げば尊しを歌うことになったのである。今考えても、若気の至りだったなんぞと、月並みな自己批判なんぞしたくはない。私の若き日の武勇伝であることは、間違いのないところである。
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爺版・折々のことば 12

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卒業祝賀会を、我々卒業生主催で開催させて頂きます。そして通信工学科の先生全員を招待させて頂きます。

50年も前の、私達の卒業式の数日前だったろうか、主任教授から
「善やん、卒業生主催で謝恩会を計画してくれへんかな?」
との依頼を受けた。
さすがに私の一存というわけにもいかず、一応クラスに持ち帰ってとその日は辞去し、主だった同級生を集めて相談した。私達の学年は、最後の学園闘争世代で、過激派よりも過激派シンパとノンポリ学生が、ほぼ同数いたろうか。それでも謝恩会という文言には敏感に反応し
「善さん、謝恩会なんかしたないでぇ!」
という意見が多く、
「善さん、いつから教授の走り使いするようになったんや?」
と、厳しく追及する者もいた。
ただ卒業する四年生はそれぞれ研究室に配属されていたので、三年生の時までと違って、所属する研究室の教授との距離は、随分と縮まっていた。
「謝恩する違うて、卒業を祝賀するということにしたら。」
と、ある種の折衷案を出し、通信工学科の卒業生にともかく納得してもらった。そして主任教授を訪ね、答えたのがこのことばである。
結局この時は、修士、博士の修了生も参加し、学科をあげての卒業・修了祝賀会となったのである。
そして十数年、名古屋大学から大阪大学に転任してきて、この祝賀会が電気系全体の謝恩会として開催されるようになっていたことを知った次第である。
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2022年05月17日

爺版・折々のことば 11

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君、車の運転得意なんか。それやったらうちの研究室やでぇ。オーストラリアの観測に連れて行くし。結構走り回れるで。
今私立大学で教鞭をとっている愛弟子のM君が、四年生の時に私がこういって、彼の講座配属を勧誘したことばである。
M 君は何年か後に私に
「僕の人生が決まった日です!」
としみじみ、述懐している。結果的にはM君の人生を決めてしまった、私のことばなのである。
実際その後博士前期課程、博士後期課程と進学し、オーストラリア・ダーウィンの雷観測では最も貢献してくれた一人だと、私は認識している。ただ4年生当時の彼は、自動車狂に近く、車検後もあれこれ自分の車を改良したりして、俗にいう「しゃこたん」した車を駆っていた。だから席の数だけ人を乗せると、工学部の外周道路のハンプで底をガリっとやることになると、こぼしていたのが、懐かしい思い出になっている。
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2022年05月16日

爺版・折々のことば10

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4月から社会人やねぇ。ともかくおめでとうやけど、君は2年以内に博士課程に進学したいっちゅうて、阪大に帰ってくるでぇ。
現在、気象関係の研究所に職を得ている愛弟子のY君への、はなむけのことば。
博士前期課程を修了してM重工に就職の決まっている彼に、卒業記念祝賀会の席で言ったことばである。
私の言葉に対してY君は、
「絶対帰ってきませんよ。先生に会いに来ることがあったとしても・・・。」
と、結構強気で返したけれど、きっちり二年経った3月だったろうかふっと訪ねてきて、
「来年から博士課程に進学したいと思います。」
と、ある意味前言を翻したのだった。
そしてその八月の博士後期課程の入学試験を受験、2006年四月社会人から学生に逆もどりしたのである。
入学後は比較的順調で、三年次には学術振興会の奨学生にも採択され、フロリダ大学にも留学する機会を得たのだった。まぁ今日までのところ順調に研究者としての道を歩んでいる。
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2022年05月15日

爺版・折々のことば 9

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これはぜってい雷放電ですよ。残念ながら新しい現象なんぞではありません。
もう20年近く昔の事、確か五月か六月だったろう、NHKのAD(アシスタントディレクター)さんが、大阪大学の私の研究室を訪ねてきてビデオを見せられた時、私が即座に答えたのがこのことば。
くだんのADさん、大いに当惑され
「ベネズエラの研究者の方が、夜通しに近いくらい雲が光っていて、雷鳴も全く聞こえない現象がある。今まで知られてなかった新しい現象だと知らせてきたので、わざわざ出かけてビデオ撮影してきました。新発見に違いないというので、一月三日の午後七時半から70分の特番枠も押えましたし、今更雷でないと言われると、本当に困ってしまいます。」
と、おっしゃられた。そこで研究室のスタッフだったM君にも教授室に来てもらって、そのビデオを見て貰ったけれど、彼の見解も遠くの雲放電の画像でしかないとのことであった。
当惑顔のADさんは
「それなら、ベネズエラマラカイボ湖で取材をしますので、同行願えますか。きっと雷でないことが分かってもらえますから。」
と、取材協力を提案して東京に帰って行かれた。
その三か月後、私は三週間余りに及ぶ取材に同行し、結局というべきか、ADさんにとっては残念というべきか、雷放電現象であることが明らかとなった。
その結果、有り難いことに正月特番の「マラカイボの不思議な光」の主役を努めさせていただくことになったのである。
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2022年05月14日

爺版・折々のことば 8

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行ってきます。
朝の出かけに言ったことばではない。
1979年4月私は名古屋大学空電研究所に、文部教官としての席を得ることになった。その赴任の前日、母を無くして以来親代わりになって育ててくれた母の叔母を訪ね、ひとしきり話した後、辞去するに及んでいったのがこのことばである。
母が亡くなって17年、苦節17年は私にとっては必ずしも「苦節」ではなかったけれど、母親代わりに母の叔母にとっては、いかばかりだったろうと、後になってしみじみ考えるようになった。ただあの時は、「行ってきます。」としか言えず、その私のことばに
「そうか行くか!」
とだけ、母の叔母は応えた。
その10年後、私は大阪大学に転任となり、帰阪して母の叔母を訪ねたら、
「善一郎、今日はお帰りやな。」
と迎えてくれたのである。
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2022年05月13日

爺版・折々のことば 7

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博士課程に進学したいんやったら、旧帝大の方がええで。阪大に来ぇへんか!
昔は、そう20年以上も前には、この殺し文句で、学生を勧誘したものである。
それもその学生の指導教官の前で、この殺し文句をなんの臆面もなく吐くものだから、指導教官は苦笑するばかりであった。私自身も、極めて乱暴な勧誘だったとは認めているものの、20年以上も昔といえば、大学院重点化の前だったから、最近は大概の大学で博士後期課程が充実し、博士の輩出も珍しくはなくなったけれど、あの当時は意外とこの殺し文句が効いたし、相手方の指導教官も
「阪大で学位を取るなら!」
と、快く学生の説得を手伝ってくれたものである。だから私の研究室では、内部からそのまま博士課程に進学した学生と、外部からの学生がほぼ一対一であったと記憶しており、私の自慢の一つとなっていたのである。
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2022年05月12日

爺版・折々のことば 6

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まず子供やっ!
1995年1月17日午前5時46分。
そう阪神淡路大震災の起こった日。
あの日私はインドネシア・ボゴールへの出張のため、午前5時過ぎには起きて出かける準備をしていた。当然テレビもつけていたので、NHKの朝のニュースも流れていた。
そこに突然地震がやって来た。
食器棚がカタカタと揺れ、
「おや、地震!」
と思った瞬間、大きな揺れがやって来た。
当時は12階建ての集合住宅の10階に住んでいたので、揺れが半端ではなかった。まるでブランコに乗っているような揺れだったと記憶している。妻が
「食器棚が倒れそう。」
と悲痛な声を上げて、食器棚を支えるように言ったので、私の返したのがこのことば。
息子はベッドに寝そべって、頭から布団をかぶっていた。娘は
「机の下にいるから大丈夫!」
と気丈に振舞っていた。そしてあの日私は
「女性は、本来母性本能があり子供を守る態度にでる。」
という言い伝えは、必ずしも正しくはないと、改めて認識した。
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2022年05月11日

爺版・折々のことば 5

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あんまり頑張らなくて、いいからね。
もう20年以上も昔のことになる。
親馬鹿よろしく、娘のセンター入試会場まで車で送って行った。
その別れ際に私の言ったのが、このことば。
慌ただしい別れ際だけに、ことばが短くなってしまったが、本当の所
「センター入試なんだから、そこそこできればいいんだから、気楽な気持ちで肩の力を抜いて、受験したら。」
と、言いたかったと記憶している。
ただ帰宅した娘から、
「お父さんの一言で、気持ちが随分と軽くなって、上がらずに済んだよ。」
と感謝された。受験の前に、真逆の激励のことば、功を奏したというべきだったろうか。
この時、実は高速道路の降り口を間違って、一つ先まで行ってから急ぎ戻った。
「入試の日に、道を間違うなんて験が悪いなぁ。申し訳ない!」
謝る私に、娘が
「人間の、運と不運は平等にある。道を間違えたことが不運なら、受験ではきっといいことがあるんだから、気にしないで。」
と返し、私が慌ただしく
「あんまり頑張らなくていいからね。」
と応えたのだった。
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2022年05月10日

爺版・折々のことば 4

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漫画は見る。読むとは言わん!
今朝の天声人語を読んで思い出した、現役時代によく学生に行ったことばである。
コンピューター端末に向かいながら、漫画に熱中する学生に、
「何やってんね?」
不意に声をかけ糺す私に、その学生は
「漫画読んでました。」
と返し、私が言ったのがこの言葉。そして
「コンピューターに計算させてる間に、論文読んだり考えたりせな時間がもったいないで。」
と続けたものである。
情操教育の一端としての、漫画やコミックスは認めたとしても、それでも私には今でも、漫画は読むではなく見るである。天声人語氏は、漫画を読むと書いておられたが・・・。

君、博士課程に進学せぇへんか?
研究室の学生が進級して大学院生(博士前期課程旧の修士課程)になった日に、このことばで尋ねたものである。当時工学部の大学院進学率は、八割近くにもなっていた。だからというつもりはないが、修士の学位ではもはや売りにならなくなっており、ある意味の差別化の観点から博士課程への進学を進めるのが、私の基本方針ともいえる態度であった。それにかつての、末は博士か大臣かなんて言い回しも、もはや死語となっていた時代であった。だから最初は
「僕が博士になんて!」
としり込みする学生が大半で、それでも三人か四人に一人は、博士課程を選んでくれた。

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