2020年02月05日

思い出話 16

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急行電車が動き始めた。
身動きもままならないのは私達だけではない。
だから電車の加速に併せ、自然と乗客がもたれかかってくる。
私は進行方向側に立っており、これらの乗客を背中で押し返し、彼女を守った。
「善一郎君は体が大きいから、頼もしい。この路線は痴漢が多いから助かるなぁ。」
という彼女の言葉を聞くうち、電車はほぼ定速となり、私もほっと一息つくことができた。気持ちに余裕ができると、彼女がぴたりと私に寄り添っているのに気付いた。
「困ったなぁ!」
と、体を固くしていると堺駅に近づいたのだろう電車は減速し、今度は彼女の側からなだれがおこってきた。当然のように私はそれを受け止めるべく身構え、結局彼女を抱え込んでしまった。やがて電車が停車し、大勢が反動で後方に戻ってしまっても、私たち二人は抱き合ったままでいた。ドアが開き乗客がおり始めるようになって、私はあわてて離れた。
彼女はそんな私の狼狽ぶりには頓着せず
「本当に助かるわ、もう一駅頑張ってお姉さんを守るのよ!」
と、屈託なく笑っている。
私は彼女の言葉を聞きながら、井上靖の「あすなろ物語」を思い出し、私と彼女を鮎太と冴子になぞらえていた。ちなみにこのあすなろ物語は、中学三年生の時に聞いていた「中学生の勉強室」というラジオ番組で国語の題材として取り上げられていたのがきっかけで、中高生の頃好きな小説の一つだった。
堺・新今宮間も私は同じように奮闘した。
新今宮では多くの乗客が下りてしまったので、私はちょっぴり残念に思った。
次は難波で、南海電車から地下鉄への乗り換えである.
あの頃地下鉄にはまだもぎりのおばちゃんがいて、私は急ぎ乗車券を買い彼女と一緒に地下鉄に乗ったけれど、南海電車のような混雑はなかった。
そして彼女は本町駅で降りていき、私は一人で梅田に向かった。
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2020年02月04日

思い出話 15

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貝塚駅での、水間電車から南海電車への乗り換えは、あの頃(昭和42年)は薄暗い地下道であった。地下道は、難波行きの進行方向の先頭側にあり、
「先頭車はすごく混むから、なるべく後ろに車輛に乗るのよ!」
と教えられ、私達はプラットホームの中程まで急いだ。
あの頃の南海電車は、まだ全車輛冷房車というわけではなく
「冷房車だといいけどなぁ・・。」
とつぶやく彼女の期待に反して、入ってきた急行の窓は開いていた。
私達はともかく乗り込み、車輛の中程まで進んんだ。
さすがに貝塚駅では、まだぎゅうぎゅう詰めというほどではなく、二人吊革をもって並ぶことができた。電車が走り出すと、窓から入る梅雨入り前の風は、それなりに心地よかった。
「善一郎君は、河崎先生が6年生の生徒と一緒に、葛城山を登ったの覚えてる。あの時君はまだ幼稚園だったかなぁ。」
と切り出した。
「覚えて無いなぁ。」
と答える私に、
「あの日は朝から曇り空で、途中で雨が降り出して結局途中で戻ったのよねぇ。」
と懐かしそうに続けた。
「善一郎君は、女の子達に可愛がってもらって、上機嫌だったわよ。」
と告げられても、記憶は甚だ頼りなく
「いわれてみれば、大勢と葛城山に行った記憶があるような、無いような。ただ母は、自分の生徒をよく家に連れて来たのを覚えています。」
と答えた。
電車は、岸和田、泉大津と停まって客が随分と増え、次の羽衣では身動きもままならないほどの混雑となった。
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2020年02月03日

思い出話 14

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翌日の朝私は同じように、臨時バスに駆け込んだ。
前の日に声をかけてきた女性は、同じ席に座っており、前日と同じ様に隣の席は空いていた。
私は迷うことなくその空いた席に座りながら
「おはようございます。」
と声をかけた。
私の声が大きかったためか、私は大勢の視線を感じたような気がした。
母の教え子だというその女性は、全く頓着しない風で
「あら、今朝も一緒になったわねぇ!」
と語りかけた後
「昨日目の手術っておっしゃってたけど、網膜剥離って言ったかな、大変な病気なんですってねぇ。」
と尋ねた。彼女が私の言ったことを気にかけて調べたのかと、少しうれしかった。
私は、ほぼ三カ月間寝たきりの入院だったこと、寝てる間に20pも身長が延びたこと、それから入院を理由に高校を一年留年したこと等々を、独り話し続けた。
そうこうするうち臨時バスは、貝塚駅に到着した。
この臨時バスのサービスは、一カ月間近く続いたろうか。
梅雨を迎えるころには。水間鉄道は運転を再開し、高校への通学は平常に戻った。
当然その女性と出会うこともなくなった。
そんな六月のある日、確か最後の目の検診に行くためいつもより随分と早く家を出たら、例の女性がちょっと先を歩いていた。
私は速足で追いかける形となったのだが、気配に気づいたのか彼女は振り返って、少し驚いた風の表情で、でも
「あら、久しぶり。それにしても今朝は随分早いのねぇ!?」
と尋ねた。
「今日は目の検診で、阪大病院まで行くんです。貝塚から、難波、地下鉄と乗り継いで・・。」
と答えたら、
「じゃぁ、地下鉄・本町まで一緒できる。急行結構混むわよ。ぎゅうぎゅう詰めの電車に乗ったことあるの?」
と返してきた。私はそんな経験は、実際全くなかった。
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2020年02月02日

ライオンダンス

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今日は令和2年2月2日、西暦でいうなら2020年2月2日、どちらにしても2が多い。中国では2の発音と、「愛」の発音が似ているということで、多くの若いカップルが今日付で結婚届を出したいのだそうだ。ちなみに結婚届の話は中国だから、令和は当然関係ないが・・・。
ともかく中国人って、意外とこういった俗にいうげん担ぎが好きなようで、例えば数字の4は死につながるから忌み嫌う、これは偶然日本人と同じ。数字の八はその形が末広がりで好まれ、これまた当たり前の様ながら我々日本人と一緒である。
さてシンガポール、中華系のシンガポール人が7割以上を占める関係上、中国のげん担ぎ文化をあれこれ残している。その一つがライオンダンス、日本でいう獅子舞、が旧正月中週末にはコンドミニアムを渡り歩くのが普通なのだ。が、今年は新型コロナウィルス騒ぎで、私の住むコンドでは中止となった。地域の若者達、日本でいう青年団か、がボランティアで伝統継承している。日本の獅子舞というより、長崎くんちに近い獅子舞である。コンドミニアムでは中止を決め、振る舞いの軽食もないけれど、隣の今度は勝手連的に舞って帰って行った。窓からは太鼓の音が聞こえ、どこか他のコンドで舞っているようである。新型コロナウィルス退散を祈念しているのだろう。
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posted by zen at 10:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 海外生活

2020年02月01日

どうなるコロナウィルス禍

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一月が終わって、二月となった。
71歳の徒労が続いている。
まぁ後ろ向きの話は面白くないので、このブログではやめておこう。
話題は変わるが、新型コロナウィルス、あっという間に世界中に広まったとの印象が強い。現時点でアフリカ大陸だけは、無事なようだが、それも時間の内だろう。
関連してアメリカ合衆国は、中国に二週間以上滞在者の入国は認めないという。我が国政府だって似たような対応だし、かくいうシンガポールだって、御同様である。だから一気に世界経済が減速かとのうわさもある。
日本のことに話題を移せば、日本の見かけ上の好景気は、年間1000万人に喃々とする中国からの旅行者寄与が大きく、
「旅行お断り!」
ということになれば、政府としては大変だろう。それから今年は8月にはオリンピック予定されているが、まさかこの肺炎騒動、夏までは続かないだろうが、それでも影響は無視できまい。福島の風評被害(?)も依然として根強く、政府の目論見通りに事が運ぶか、天邪鬼爺としては見ものである。
それにしても工業立国の立場が怪しくなって以来、我が国政府の対応は漫画による外貨獲得や、観光立国を標ぼうしたり挙句には賭博で外貨の獲得をと言ったり、いやはや安易に走りすぎてはいないか。いやもうちっと真面目に考えて欲しいものである。
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posted by zen at 14:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 時の話題

2020年01月31日

突然変異

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先日武漢発の新型コロナウィルスのことを書いたら、似たようなことをネット新聞が取り上げていた。似たようなこと、正確には
「なぜ大腸菌の中に、人間以外をなすO157が出現するのか?」
についての考察である。その記事によれば、大腸菌は本来大腸に在って宿主と共生しているものとあり、この理解は科学者の端くれとして、私も持っている。
余談ながら、旅行に出て水が合わずに下痢をするというのは、私の理解では必ずしもその地が不衛生だからではなく、見慣れないあるいは馴染んでいない大腸菌を取り込むからだろうという点にある。だから少しずつ慣らしていけば下痢をすることはめったになく、実際このことに気付いてからは、私は旅で下痢は皆無、あの評判の悪いインドでもしなかった。
さて新聞記事によれば、牛の腸が関係していると有り、大腸菌が突然変異して、宿主に害をなす、例えばO157が生まれるそうなのである。
記事を読んでいて、納得する部分と理解できない部分があり、新聞記者さんが書いたので不正確なのだろうが、例えば取り上げている大腸菌は、人間のものか牛のものかという点、もう一つはO157で牛が命を落とすのだろうかという点。納得できるのは、大腸菌の種の保存に対する意欲が、突然変異を起こすという点。こういった話、何やら蝙蝠の持っていたウィルスから、人の肺炎を引き起こすコロナウィルスに変異したらしいという、最近の騒動に通じるものがあるというのが、私の理解である。
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2020年01月30日

最低かつ最長

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首相がまたわけのわからん答弁やで。
「推薦する人の人物チェック、全部するのは難しい!」
と、桜を見る会に関しての国会答弁で答えたそうや。
それで質問した方が納得したんか。
こんなん答えになっとらんと思わんか。
無責任な回答するなちゅうて食って掛からなあかんがな。
誰かも判らんと推薦して、それを招待するちゅうのんは、危険極まりないで。
そんなかにテロリストおったらどうするねん。全部チェックはしてあるんは当然やろ。
言いたないんは、チェックした中に反社会勢力おること判ってるからやろ。
問題はや、そんな人をどう言い意味で含めたかや。
「首相の名前を、会社の宣伝に使こうてもろうて、会社の資金集めが有利になるように。」
ちゅうような意図があったら、これもう確信犯、同罪やで。
これも限りなく黒に近いいグレーやで。
野党で質問する議員、何でもうちょっと鋭く迫れへんのや。
もう一つけったいな答えはや
「募ってはいるが、募集はしていない!」
質問した議員さんは
「募るも。募集も同じ意味だ!」
と迫ったけれど、カエルの面にションベンや。
こんな答弁が、国の最高の決議機関で議論されてるかちゅうて考えるだけで、恥ずかしうなるなぁ。そんななめた答弁を黙って認めてる、与党議員もけしからんで。
いやほんまに史上最低最長の総理大臣やなぁ。
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2020年01月29日

大変だぁ!

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思い出話を書き綴っていたら、深刻な事態が起こってるやないか。
例の武漢のコロナウイルス騒ぎ、なんと患者が御近所さんに出た。
御近所さん言うても、パシリスグルーブにある5つのマンション群のどれかなんやけど、武漢からの帰国者と報道されているだけで、どのマンションかは、判らない。ただ近いのには間違いない。なんせ半径200〜300m以内に5つのマンション群があり、それぞれが10棟ほどあるので、少なく見積もっても5000戸を下らないが、そのどこかに住んでいる人なのだから。それにもう一つ、その患者さんはMRTで二駅先にあるチャンギ病院に入院隔離されているとも聞いている。とはいえ、何日か自宅に居られたのなら、この私だって俗にいう「濃厚接触」の可能性がある。というのもこのコロナウィルスによる肺炎、本当か嘘かはさておき、潜伏期間中にも伝染するらしいというから、不気味である。
ウィルスに意識の無いのは判ってはいるが、彼らも種の保存のために宿主を探している筈。だから本来は宿主を重篤になるまで追い込まない。これは私見ながら、野生の動物とこのコロナウィルスが静かに共生しているのに、それを捕獲して食料にするから、人間に害をなすのじゃないだろうか。決して差別発言のつもりでなく、中国の人は野生の動物を気楽に食べ過ぎるのが問題かと思案を巡らす私である。
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2020年01月28日

思い出話 13

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二度目の高校三年生の同級生達が、一週間の修学旅行から帰ってきて、毎日が日常に戻った。その日常が突然非日常に戻ったのは、ゴールデンウィーク直前の私鉄のストライキであった。なんとも不思議なことに、日本一運賃の高いといわれていた水間鉄道が長期のストライキに入ったのである。終点の水間駅から南海電車の貝塚駅までの交通手段がなくなり、まだまだ自家用車何ぞ少ない時代で、私達は通学できなくなる筈であった。
ところがストライキの長期化することが分かっていたのか、貝塚市がバス輸送を手配した。その臨時バスで、私は一人の女性と知り合うことになった。遅れそうになって駆け込んだバスで、空いていた席に座ったらいきなり声をかけられたのである。
「河崎先生の坊ちゃんよねぇ。サングラスなんかかけて、高校生のくせに、生意気やなぁ!」
不意を突かれ、私は一瞬たじろいだけれど
「去年網膜剥離ちゅう目ぇの病気で、手術したんです。お医者さんからは、日頃はサングラス駆けるように言われてるもんで。」
と、ともかくも返した。
「あら、そうなの。そんなこと知らなかったもので、失礼したわねぇ。」
というその女性は、私の知らない女性だった。
きょとんとしている私に、
「小学生の時、河崎先生に担任してもらったの。あの大きな家にも何度か遊びに行ったことあるわよ。あなたはまだ幼稚園だったかなぁ?確か善一郎君だったよねぇ。」
と、話し続けた。さらに彼女は
「河崎先生亡くなって何年になるのかなぁ?こんなこときいていいかな?」
と尋ね、私は
「僕が中学一年生の時だから、六年になります。」
と答えた。そうこうするうちにバスは貝塚駅前に到着、私達は駅に急いだ。
その女性は急行に乗り込み、私は次の各停を待った。各停を待つ間、私は何やらうれしかった。
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2020年01月27日

思い出話 12

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高校三年生の秋から、春にかけては駆け足で過ぎた。高校から帰っての夕方は、プロパンガス販売いに精を出していたから、余計に短かったのかもしれない。
もはやY君やR君と会う機会が、めっきり減っていたことは言うまでもない。
ただ残念なことに、Y君もR君も大学受験はうまくいかなかった。
そしてY君は、大学への進学を断念し就職すると言い出したのには、いささか驚いた。家庭環境の影響していることは想像できたけれど、その潔さには敬服した。R君は
「善さん、僕浪人すらぁ。善さんとまた一緒に受験や!」
とあっけらかんとしていた。
4月に入って、Ý君は知り合いの金属会社に就職、大阪市内まで通勤するようになった。就職話は、受験直後から進んでいたようで、Y君はすんなりと社会人になった。ところがこの後とんでもない事件が起こるのだが、この時点では我々はそれを知る由もない。
R君は、これまた大阪市内の予備校に通い始めた。時には二人と水間電車で出会うこともあったけれど、三人はそれぞれ三人の毎日を過ごしていた。
私は岸高で二度目の高校三年生を迎えていた。新しいクラスは、偶然前年と同じ3年4組だったが、当然全員が新しい顔であった。サングラスをして通学してくる私に、同級生となった後輩達は、ともかくも一目置いてくれて、それでもすぐに善さん、善さんと親しくしてくれるようになった。
このあたりがなんとも不思議なところなのだが、年度によって学年全体の囲気が全く違うようで、一度目の三年生の時は、河崎と名字でしか呼ばれたことがなかった。だから何となくよそ行きで同級生と接する毎日であった。ところが二度目の三年生は、私を私の通称で呼んでくれたので、一か月もしないうちに、私自身が彼らと同化できていた。それでも新学期一週間での九州への修学旅行には、三か月に一度になっていた目の検診を理由に、私は参加しなかった。
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