2021年01月28日

MRTの駅で

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シンガポールのMRT 、日本でいう地下鉄である。
都心では地下を走り、郊外では高架の上を走るのは、日本と同様である。
ただ、シンガポールの各駅のエスカレータ、日本に比べて長い。東京の大江戸線は、一番深いとされていて、そのエスカレータは長いけれど、シンガポールのは平均あの長さであろうか?本当かどうかは知らないけれど、核戦争の際の地下シェルターを兼ねているといった、「都市伝説」めいた話も聞いたことがある。
私の利用するのは、「東西線」で、パシリスという東端に位置する地域に住んでいる。シンガポールにあっては、田舎ということになる。実際知り合いが訪ねてきて
「プロビンスですねぇ!」
と減らず口をたたいていたほど。ただシンガポールに来た7年半前に比べて、周りにはコンドミニアムが林立し、駅前の空き地が数年後には一大モールになるという噂もある。
私の利用するパシリス駅、当然高架駅なのだが、その再利用する長いエスカレータ、上りきるころに、手すりの下からカリカリと金属音が聞こえてくる。最初気付いたときには、あまり気にもならなかったけれど、一月ほど経った今でも変わらず聞こえてくる。毎度同じところで聞こえるので、その内金属疲労で緊急停止なんぞにはならないだろうなと、気を揉んでいる。長いエスカレータだけに、大惨事になりかねない。取り越し苦労にならなければ良いのだが。
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2021年01月27日

照ノ富士頑張れ

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大相撲初場所が終わった。
優勝は前頭の大栄翔。
横綱昇進のかかっていた、貴景勝は初日から負け続け、4日目が終わった時点で昇進の話はご破算になった。そして2勝7敗となった9日目に休場を選択、10日目の不戦敗で結局2勝8敗という成績だった。昇進の話がご破算になったのはまぁいいとして、平幕の力士の優勝がやけに多いのがここ数年の特徴。確かに横綱が休場しがちで、大関がだらしない(というと失礼ながら)からこんな事態となるのである。だらしないと問答無用に申し上げたけれど、これには白鵬や鶴竜が休みがちで、新しい看板力士が欲しい大相撲協会が、これまた失礼ながら、安易に大関を作りすぎるからではないか、というのが私の実感。実際近年、二三場所良い成績を残して大関に昇進させた関取が、カド番を乗り切れずに、その地位を無くす例の多いこと。こう考えると、平幕の関取の優勝が多いのが当然といえば当然なのである。
そんな中、私の期待するのは、元大関の照ノ富士、ひざを痛めるなどして序二段まで番付を落とし、二年がかりで復活してきた。九州場所13勝、初場所11勝だったから、春場所関脇で10勝でもすれば、十分資格はある。ただまたまたモンゴルの出身者だから、相撲協会の期待する「日本人の強い大関」というわけではないのが、いささかの気になる点である。
それでも、序二段まで番付を下げ地獄を見た照ノ富士には、がんばってもらいたいのである。
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2021年01月26日

新型コロナ禍に想う

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政権政党の派閥の領袖が、新型コロナウィルスに感染した。
現在では影響力の弱い派閥ながら、とりあえず領袖である。
御本人の自覚症状の有無は知らないけれど、ともかく入院した。
入院待機者が一般大衆には大勢いて、中には容態急変で亡くなる方もいる中、不公平感を主張する報道もある。
そんな報道に対し
「もしものことがあったら・・・。」
と、弁護する元政治家もいらっしゃる。
もしものことがあったら大変なのは、政治家のセンセイに限ったことではない。
いやそれどころか、仮に一国の首相や大統領が急逝したとしても、国家は回っていく。
元政治家のコメンテーター、現実論としてコメントされたのだろうが、人間の社会なんぞ、あくまでもそんなものである。
まぁこの議論はここまでとし、いささか私見を申し上げるなら
「政治家たるもの、理想主義者でなければならない!」
であり、
「その理想主義に、適宜ブレーキをかけ現実的な方向に導くのは官僚ではなかろうか?」
と、言う点である。
しかし残念ながら、今日の政治家センセイには、残念ながら「理想」が無いと考えるのは私だけではあるまい。こういう状態をして
「近年の政治家もマスコミ報道も質が落ちた!」
ということになるのだろうとは、またまた私見である。
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2021年01月25日

新型コロナ一年

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新型コロナウィルスの騒ぎが起こって、速いもんやなぁ、もう一年経つ年や。
ほんでこの一年シンガポールにおって、ネット新聞やテレビの報道から、日本の政府のやり方国の外から見てるんやけど、シンガポールに比べて徹底さが全然足らへんように見えてしかたないなぁ。それもこれも
「東京五輪の開催!」
が大前提やからちゃうんかと、穿った見方してるんやけど、本当のとこどうなんやろう。
シンガポールのロックダウンも、日本の緊急事態宣言も、出たんはどっちも4月あった筈やで。日本の場合はそれより一か月以上も早めに、小中学校の休校も実施したしな。
シンガポールと日本のちゃうところは、徹底さや。
例えば、知り合いの中国人が、旧正月から帰ってきたら、
「二週間の自宅待機!」
が義務付けられて、毎日三回健康省から電話があって、自宅待機してるかどうか確認されるとこぼしとった。ところがや、日本の友人のA君が三月にドイツの国際会議から成田に戻ったとき、公共交通機関で自宅前帰ることができたちゅうとった。まぁ幸い、コロナ感染してなかったようやから、結果的には市中感染の原因にはなれへんかったようやが、やっぱし日本は甘いとしか思えへんぁな。
そもそもや、シンガポールは人口だいたい600万人、とうきょうは1100万人か1200万人や。せやからシンガポールでできることは、東京でもできなおかしいんや。
政治の危機管理に対しての意識の差ちゃうかなぁ!
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2021年01月24日

夜は涼しい!

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新年を迎えた頃の雨天続きも収まり、ここ一週間は凌ぎやすい毎日である。
熱帯の国らしく、午後のスコール(夕立?)は、確実にある。
ただその雨も、2〜3時間程度で止み就寝時に寝室の窓を開ければ、本当に涼しい。信じて貰えないかもしれないけれど、寒いと感じるときもある。この涼しさ(寒さ?)は、ダーウィンで経験したのと同じである。
何度かこのブログでも紹介しているように、私達は1995年からおおよそ15年間、11月ともなればダーウィンに出かけた。最初出かけるまでは
「さぞかし暑いだろう!」
と心配していた。ところが宿泊場所には、天井の扇風機はあるものの、冷房が無かった。
「これでは、眠れないだろう!」
と考えたけれど、日が暮れるとその心配が取り越し苦労だったことが、すぐに分かった。
日中の暑さは半端でない分、日没後就寝時の涼しさは、信じれないほどであったのである。
そしてここ数日の就寝時の心地よさは、私にダーウィンのことをいろいろ思い出させてくれている。
「今頃ダーウィンはどうなんだろう?ここ10年程で、すっかり変わったのだろうか?」
新型コロナ騒ぎが収まったら、一度出かけてみたいなぁ!
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2021年01月23日

米国新大統領就任

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バイデン大統領が就任し、早速アメリカ合衆国はパリ協定やWHOに復帰するという。
バイデン大統領になったとはいえそう簡単ではないにせよ、核兵器禁止条約も、より効果のある条約になる可能性が出てきたと考えるのは、私だけではないだろう。
そんな昨日、天声人語氏は、核兵器の製造を推奨し、一方使用を思いとどまることを米国大統領に請願書を提出したというレオ・シラードを取り上げていた。科学者なら、武器としての威力を理解していただろうし、だからこそその残虐性を理解していたに違いなく、
「使用してはいけない!」
と、本音で訴えたのだろう。ただ不幸なことに軍部上層部の妨害もあって、その思いは大統領に届くことことはなく、広島と長崎の惨事となった。
そしていまだにアメリカ人の中に
「核兵器の使用により、戦争が終結できて犠牲者の数が減った。」
と信じている人も少なくない。実際私の科学者仲間の一人が、ハワイでの国際会議で雑談中に、同じ内容のことを言ったことを覚えている。MITの教授で、リベラルな友人なのに、あの時心底
「アメリカ人は!」
と、考えたものである。その数年前には日本にきて広島の原爆資料館を見学している彼がである。雰囲気が悪くなったら、彼は最後に
「真珠湾を見に行こう!」
とまで捨て台詞をはいたのである。
まぁその後も友人付き合いをしているのだが、ある種のDeath Valleyの存在を実感したし、未だにその隔たりの大きさに、如何ともしがたいものを感じている。
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2021年01月22日

阪神淡路大震災 5

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阪神淡路大震災発生の日から10日間、私はインドネシア・ボゴールの町はずれにある、プンチャ峠にいた。このあたりのことは、何度かこのブログで紹介した筈である。ともかく実時間での経験は、全くない。だからあの時の修羅場については、本当のところを知らない。新聞やテレビの録画放送で見聞きし、なんとなく知っているように錯覚しているだけかもしれない。例えば、NHKのアナウンサーが現場中継をしながら泣いたという有名な話も、記憶ではなく記録として知っているだけなのである。
他にもまだある。
インドネシアの出張から帰った次の日、私は深く考えることもなく守口市の自宅から、車を駆って大学に向かった。鳥飼大橋の南から中央環状に入り、吹田の阪大キャンパスまで、ラッシュ時でなければ20分足らずで到着する。ところが中央環状線が大渋滞で全く動かないのである。いやはや迂闊という他はなく、三時間近くかかって吹田キャンパスに到着する有様であった。
あの頃は地元の電力会社と、レーザー誘雷の共同研究をしており、2月半ばだったろうか、その打ち上げを兼ねた宴会で、電力会社の研究所のある尼崎から、国道2号線をに走ることがあった。さすがにこの時は自分の車ではなく、電力会社の用意してくれたタクシーでいったのだが、初めて惨状を目の当たりにしたのであった。新聞紙面で見るのや、テレビ画面を通してとは異なり、実に生々しかった。そして
「こんな時に宴会なんぞしていいのか?」
と、密かに反省をしていた。
それにしてもあの頃の、交通渋滞、一体いつ頃解消したのだろう。
3月20日のオームサリン事件の頃には、少なくとも守口・吹田間はほぼ平常に戻っていた。
いずれにしても、阪神淡路大震災の惨状の多く、私には記録として残っているだけなのである。それにしても、よくもまあ、その当日海外に出かけたものである。
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2021年01月21日

阪神淡路大震災 4

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チェックインカウンターの係員は、ボーディングパスを手渡しながら
「3時間以上ありますから、ラウンジ比叡でお待ちください。」
と、その利用券を添えてくれた。
ラウンジ内は、ほとんど人もおらす‘、本来なら有料の筈のアルコール類も、無料サービスであった。
サンドイッチとおにぎりで遅い昼食を摂り、人心地が付くと地震のことが気になりだした。
あの当時私はまだ携帯電話を所持しておらず、ラウンジの公衆電話から電話をかけた。自宅にかけてみたが、話し中の状態が続いていた。あとで知ったことだが、利用者が多いので回線がほぼ満杯状態だったのだそうだ。
一方東京の友人に電話をかけると、これが意外と簡単につながった。受話器の向こうで友人のY君は
「心配しとったでぇ。なにこれから海外出張。関空に居るんか?ほんまに出かけるんか?まぁそれくらいなら、大丈夫やろう。東京から電話かけるんやけど、親類には繋がれへんから心配しとるんや。」
ということであった。
午後5時頃になって搭乗の案内があったので、もう一度自宅に電話をかけてみたら
「家の中は、無茶苦茶やけど、まぁ少しずつ片付けるから。子供達の学校もしばらく休みみたい!」
ということであった。
ほどなく搭乗が始まったが、客は50人にも満たず、
「席はご自由に!」
とのこと、500人乗りのボーイングジャンボは、がら透きの状態であった。
ジャンボ機は六甲産に向かって飛び上がり、そこで私は神戸の街が火の海であることを眼下に見ることになった。
あの時、正直
「私の国は、どうなるんだろう?!」
といった衝撃を感じていた。
あれが、私が本当の「愛国心」を感じた、生涯最初の経験かも知れない。
(この稿続く)
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2021年01月20日

阪神淡路大震災 3

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後になって考えると、あの震災の日に海外出張に出かけてしまった地震の迂闊さというか、能天気さというかを、考えずにはいられない。
最初の頃のテレビ報道では、大阪や神戸の街は都市機能は失われていないと、繰り返し告げていたことも関係しているのだろう。
それに出張旅費が前払いであったこと、その場合出張日程の変更は、ある意味面倒であることから、
「出かけることができるなら、そのほうが気が楽だ!」
と考えたからでもある。
それにもまして、起き抜けの大揺れで、気付かないまでも興奮状態にあったに違いない。
大阪市営地下鉄は、運転を中止していたので、私は京阪電車の守口から淀屋橋に向かった。
その電車が京橋に着いた頃、結構な余震があった。
それでも何度か停車を繰り返しながら、京阪電車は淀屋橋に到着した。
地下鉄御堂筋線も運休中で、私はやむを得ず地上に出た。
淀屋橋界隈はやけに静かで、水道管が破裂したのか、水が階段を登り切った辺りで湧き出していた。それでもしばらくするとタクシーが通りがかり、私は南海難波駅に向かった。
タクシーの運転手さんは
「走っていたら、大きな揺れでパンクしたのかと思いました。それにしてもすごい地震でしたねぇ。」
と、つぶやくように話していた。
難波駅では、南海本線・空港線は、現在安全点検中ということで、運航開始の時刻は未定と知らされ、駅に併設されているホテルのロビーが待機場所だと案内された。結局正午近くまでそのロビーで待たされ、一時頃には泉佐野駅に着くことができた。泉佐野駅では
「関空橋の鉄道、安全点検が終わっていないので、バスで関西空港まで行ってもらいます。」
ということで、私が関西空港のカウンターに付いたのは、午後1時30分頃であった。そして
「離陸は、午後5時くらいでしょうか?」
と頼りなさそうにいう係員から、私はボーディングパスをもらった。
(この稿続く)
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2021年01月19日

阪神淡路大震災 2

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あの日のことを、もう少し思い出したい。
阪神淡路大震災の発生した平成7年1月17日、私は大阪府の守口市に住んでいた。
そして当時住んでいたマンションは、淀川の南に位置していた。
そのマンションはブランコのように揺れたが、
「このマンションがつぶれるなら、大概のマンションは倒れるだろう。だから大丈夫だ!」
と、わけのわからない自信で自分を納得させている、私自身を意識していた。そして
「ともかく、インドネシアに向かわねば。」
と、出張の事を気にしていた。
大揺れが収まってしばらくすると、テレビからあれこれ詳しい地震情報が報じられようになった。NHKは、通常の番組を取りやめて、地震情報を繰り返すようになった。
震央は東海地方ではなく、兵庫県であると訂正された。
NHK神戸支局の様子が映し出され、仮眠中だったであろう局員の慌てふためく様子が報じられた。不謹慎ながら、その慌て方は、大いに滑稽な感じであった。
一時間ほどして、京阪電車が運転を再開したとテロップが流れた。
私は関西空港に電話をかけ、航空機の運航状況を尋ねた。
「地震の被害状況を調査中で、定時の出発は無理だと思いますが、必ずシンガポール便は出ます。お乗りになるなら、関西空港までお越しください。」
それが、シンガポール航空の公式見解であった。
その空港関係者の回答を聞き、私は七時過ぎには京阪守口駅に向かっていた。
後になって考えると、あの行動は全くの頓珍漢だったとしか思えない。
(この稿続く)
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posted by zen at 01:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 雷人独白