2022年12月24日

雷放電の観測 22

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クリスマスイブ Merry Christmas Eve

悔しい思いをしたこと、言い換えれば自身の未熟を痛感したことを昨日紹介した。その際私の詫びたことをRedyさんやUT君は覚えているだろうか?そして今日はもう一つ、恥ずかしい思い出を紹介したい。
それは広帯域干渉計を始めた頃の、思い違いである。
当初、ディジタルで周波数成分に分けてそれぞれの周波数でイメージング・画像化すれば、
「周波数毎の放電路が見えるのじゃないか?」
という、思い違いである。博士課程のWM君やUT君は、興奮気味に
「きっと違った放電路が見えますよ!」
と熱く語っていたけれど、私はその大いなる恥ずかしい誤解に気づき、やはり彼達に説明したと記憶している。まぁこんな風に、広帯域干渉計の開発は、右往左往しながら年を経、かかわった博士課程学生は、インドネシアからの留学生Redyさん、MT君、NY君、AM君とエジプト・アレキサンドリアのE-JUSTプロジェクトで面倒を見ることになったRottfy君と、都合十年余りの間に5人である。極めつけは、Rottfy君の研究用にと、200MHz16ビットサンプリングの4チャネルAD変換器の出力を、べたに15分間連続記録できるメモリーのお化け装置を開発したことであろうか。
一方私達が狭帯域干渉計と呼んでいる当初の装置の研究では、WM君、OJ君、そしてYS女史が博士の学位を取得している。UT君は広帯域干渉計の初期に関わってくれたが「LFからVHF帯の広帯域観測」という観点で学位取得、その後は縁あって気象観測用のレーダー開発に関わるようになり、Activeな装置での雷雲観測を主題にして今日に至っている。ちなみにYS女史も学位取得後は、原子力工学研究に転じその分野で活躍中である。
(この稿続く)
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2022年12月23日

雷放電の観測 21

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ニューメキシコ大学のリソンさんが、博士課程学生のRedyさんやUT君の広帯域干渉計の発表に見入っていた理由は、半年ほどしたら理解できた。いや臍を嚙んだというのが小いきなところであったろうか。我々の干渉計で記録した結果の真の意味を、私が理解できていなかったというのが正直なところ、つくづく自然科学者としての至らなさ、未熟さを実感したのであった。これは新しい発見の機会をみすみす逃したことと同じで、博士課程学生のRedyさんやUT君に詫びる外はなかったというのが正直なところであった。
Redyさんの観測は、俗にいう「青天の霹靂」の観測的解釈で、放電の進展が雷雲の上部に 向かって進みやがてしばらくした後落雷となる(つまり雲外に出て落雷に至る)という物で、ニューメキシコ大学の論文でBolt from the Blueという記述を見て、眼から鱗だった。
UT君の中国高原地帯の観測結果では、雲放電が雷雲の二重層を結ぶ雲内放電として画像化できていた。それを雲放電が電気二重層を中和して完結していると解釈できなかったのである。雷放電の観測的な研究に関わって15年ほど経っていたというのに、
「まだまだ経験不足。奥が深いなぁ!」
と、反省するしかなかったのである。その一方、
「我々の広帯域干渉計は、改良の余地があるとはいえ、性能的には決して劣るものではない。
という自信を持つことができた。
「いかに科学的に観測結果を理解するかだ!」
が、痛い目を見た私の結論であった。
(この稿続く)
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2022年12月22日

雷放電の観測 20

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今日は冬至。昼の長さが一番短い日

ニューメキシコ大学のグループが、なぜ広帯域干渉計から手を引いたのか分からないまま、私達は積極的に観測を続けた。当然観測結果からは、あたらしい現象が見つかり、国際会議での発表や関連学会誌への投稿を積極的に行っていた。そんな中サンフランシスコのAGU 秋季大会で、ニューメキシコ大学のリーダー、ポール・クレベールから
「河崎、お前のは干渉計ではなく、sophisticated time of arrival だ。電波干渉の意味を考えたら、干渉計とは言えないよ!」
と指摘を受け、
「私達のグループはVHFの帯域で時間差法を適用してLightning Mapping Arrayを完成した。これだと放電進展の様相もよく見え、実用的にも十分だから。」
と告げられた。
実際彼らの論文発表では、放電路が見事に再現され、聴衆の何人かから
「阪大の干渉計では、放電路が細く出ない。LMAの方が良い!」
といった声が上がり、何やら勝負あったといった具合であった。それでも私は
「時間差法なら、1970年代の南アフリカのプロクターの一連の論文で、多くのことが明らかになっている。それにVHFがバースト状に放射されている場合には、プロクターだって時間作法では無理と言ってるじゃぁないか!」
と、反論したかったけれど、悲しいかな多勢に無勢といった感じで悔しさばかりが残った。それでも、彼らがやめたのは広帯域干渉計を見限ったからなんだろうと、独り納得した。
ただ不思議に思ったのは、
「広帯域干渉計は、干渉計ではないし性能で劣る!」
との非難をしているのに、メンバーの一人のリソンさんが、阪大の博士課程学生の発表にえらく執心しているのは、いかにも不思議に思えた。
(この稿続く)
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2022年12月21日

雷放電の観測 19

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VHF波帯の干渉計は、それなりの成果を上げていたけれど、一方では何やら物足りなさも感じていた。ちなみにこの干渉計の原理は、複数のアンテナで受信した信号を干渉させてその経路差から出る位相差を求め電磁波の到来方向を推定するという方式で、「干渉させるという意味からは受信信号は狭帯域」という必要があった。ただ一方あの頃「フーリエ分光」という光学系の教科書や論文に触れる機会があり、
「雷放電も広帯域受信し、フーリエ分光の手法で数値的に干渉させたらどうだろう?」
と思いつき、ロケット誘雷実験に持ち込んで、二つのアンテナで試してみた。記録計としてはディジタルオシロスコープを転用して、観測できた結果はパソコンでデジタルデーターとして記録した。そして運のよいことにというべきだろうか、誘雷成功時の上向きリーダーの進展が再現できたので、早速AGUのGRLに投稿したら採録された。
実は我々より半年ほど早く、ニューメキシコ大学の似たような装置の観測結果が、おなじGRLに掲載されていたが、
「フリンジが見える。」
という結果だけであった。
そのことは広帯域受信の数値的な干渉の可能性を示していているので、
「観測は同じことをやっているのに、論文になったのは彼らの方が半年早い。残念ながら人間考えることは、みな同じだなぁ。」
と、ちょっぴり悔しかった。
一方我々の結果は、上向きリーダーの進展を画像化できているので、
「観測結果という意味では、我々の方が二三歩早いからまぁいいか。」
と自身を納得させていたら、その後ニューメキシコ大学からは、広帯域関連の報告が全くなくなってしまった。
なぜなんだろうと不思議に思いつつも、私達は以後「VHF波帯広帯域干渉計」と命名し野外観測に使うようになった。岐阜大学が中心の中国高原地帯、オーストラリア・ダーウィン、それに北陸の冬季雷が観測対象で、中国高原地帯では長時間記録できるディジタルオシロスコープを転用して用いていた。やがて科研費で専用のAD変換器を製作する資金を獲得した。ちなみに当初の干渉計は、狭帯域干渉計と呼んでいる。
(この稿続く)
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2022年12月20日

雷放電の観測 18

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大阪での国際大気電気学会で、私は
「Bi-directional leader concept is true?」
と題する講演を行った。主催者の一人として、二つの講演会場を行ったり来たりしていたので、私は会場の後部席に座っていて、司会者の北大U教授が、私の講演題目を呼び上げて、私を紹介して下さったとき、会場の後ろから
「Yes, it is True!」
と声を上げ演題に向かって歩き始め、会場が驚きで少しざわついた。私は計算していたわけではなかったけれど、結果的には良い演出になったものと、一人悦に入っていた。ちなみにこの成果は、北陸での観測結果から導き出したもので、双方向性リーダの観測的検証は、世界初だったと記憶している。
日程の中頃あたりから、外国の参加者の多くから社交辞令も含めてだろうが、
「国際大気電気学会としては、ここ数回で一番の出来だ。河崎よかったなぁ!」
と、多くの賛辞を頂くことになった。私がもう一つ腐心したのは、外国からの参加者比率を高くする点にあった。その甲斐あってか300名足らずの総参加者のうち150名近くが外国からの参加者であったのは、望外の成功であったと信じている。
以前にも書いたと思う日仏雷放電セミナー、日本側とフランス側が交互に主催するようになっていた。日仏セミナーとはいえ、この頃にはアメリカの大気電気学者も参加するようになっていた。1995年には阪大が主催者となったこともあって、国際会議を主催する良い訓練にもなった。それに50人程度の参加者だから、博士課程学生にとっても、国際会議参加の訓練にもなったと信じている。実際私達はサンフランシスコで開催されていたAGUのFall Meeting にも積極的に参加するようにしていた。
(この稿続く)
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2022年12月19日

雷放電の観測 17

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1995年4月大阪大学内部からの博士課程進学UT君と同時に、武蔵工大のWM君の後輩二人OJ君とKM 君が進学してきて、俗にいう部屋住みの身ながら、私が直接面倒を見る博士課程学生が4名となった。ただKM君は電力システムの予防保全を研究テーマとすることになっていたけれど、雷放電の研究に関わる博士課程学生は漸く3名となった。国内外での野外観測を中心に研究をやっている私には、博士課程学生が3名となったのは、実際有難かった。
その雷放電の観測は、UT君はLF帯電界変化の広帯域記録にGPS受信機を装備しての多地点での観測を担当し、WM君OJ君はVHF波帯干渉計観測による放電路観測を担当した。干渉計は漸く二台目が出来上がり、二地点での観測で三次元可視化の準備はできていた。博士課程学生が多いと、おのずと修士課程学生も多くなり、大気電気(雷放電観測)グループの研究体制が出来上がりつつあった。そんな中1996年6月国際大気電気学会(ICAE 1996)を大阪中之島ロイヤルホテルで開催した。その前の大会1992年サントペテルスブルグでは、いわゆるNO Showが多く出席者からはあまり良い評判を聞かなかったので、同じ失敗はするまいとあれこれ知恵を絞った。電界変化の多地点観測や、VHF波帯干渉計の冬季雷観測結果が、この大会に間に合って、博士課程学生達が発表できたのは、大いに幸運であった。例えばUT君の発表はインパクトがあったのであろう、アメリカの友人Hughさんからは、博士論文が終わったら非公式ながら、ポスドクに欲しいといったオファーまで出たほどである。
(この稿続く)
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2022年12月18日

雷放電の観測 16

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VHF波帯干渉計の国際デビューは、ダーウィンの沖北80qのアラフラ海に浮かぶメルビル島だった。日米の共同観測という企画で、アメリカ側はNSFに、日本側は文部科学省にそれぞれ申請してのプロジェクトであった。かつて話したこともあると記憶しているが、アメリカMITのウィリアムさんと、NOA NSSLのマズールさんから、
「熱帯収束帯の降水メカニズム解明のため、気象学者が大がかりな観測を行う。私達は、雷放電の観点から寄与すべく、申請する。河崎さんも日本の雷放電物理の研究者の立場で申請したらどうだ。」
と、誘われ申請し採択された。しかしウィリアムさんやマズールさんは採択されず、現地では初対面の気象関連研究者のお世話になることになった。当時まだハワイ大学で教鞭をとっていらっしゃったはずの高橋教授がアメリカ側の一員だったので、少しは心強く感じたけれど、結果的には観測期間中に議論できたのは三四回だけだった。
メルビル島の観測には、岐阜大学の助手になっていた、WDさん、博士課程を中退して研究室の助手になっていたFTさん、博士学生のWMとOJさんが参加して、メルビル島にVHF波帯干渉計を設置した。メルビル島にはダーウィン空港からヘリコプターにぶら下げて、500s程度の観測装置を空輸した。雷雨で予定より一時間程遅れたけれど、ガーデンポイントのヘリポートで待っていたら、羽の回転する音が遠くから聞こえ、無事観測器を受け取った時には、ある種の感動を禁じえなかった。
アメリカの気象研究者たちが、観測場所をメルビル島に選んだのは、ヘクターと呼称される巨大積乱雲が発達し、それが対流圏界面を突き破るほどに成長することから、地球温暖化にも関係する熱エネルギーの、赤道帯から中緯度帯への輸送が科学的に興味深いという点であったと聞いていた。ただ一か月近くの観測期間では、この年ヘクターはそんなにも発生せず、干渉計の成果としては芳しいものではなかった。
そんなわけで翌年からは、観測場所をダーウィン郊外へと移し、アメリカのグループは来なくなってしまったけれど、私達はダーウィンでの観測を毎年のように根気よく続けることになるのであった。
(この稿続く)
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2022年12月17日

雷放電の観測 15

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少し時間を戻すことになる。
私がVHF波帯干渉計を製作しようとしているのを知って、フランスのONERA を飛び出て会社を起こしていたリチャード氏から、
「河崎さん、干渉計は私達の会社が販売を開始する。君はいまさら同じものを作るのではなく、ユーザーになって科学をしたらどうだ!」
と持ち掛けられた。リチャード氏とはパリの国際会議で出会って、お互いに発表内容を誉めあって以来、すっかり親しくなって友人関係であった。
私は日ごろからお世話になっている電力会社の友人に
「冬季雷の解明に使ったら、きっと面白い結果が出るよ。」
と、その装置を勧めた。さすがに購入とまではいかなかったけれど、
「それなら一年間のレンタルで。」
と、近畿地方全域をモニターすることとなった。
一年間の稼働でそれなりの成果が出たこともあったろう、二年目には購入の運びとなって、都合四年間ほどは興味ある結果をもたらしてくれた。
とはいえ一方では、我々自身の干渉計を製作していたのは言うまでもない。ただいきなり海外の野外観測に持っていくわけにもいかず、開港を翌年に控えていた関西空港に交渉し、ひと夏の観測を行った。1994年のことである。この観測では画期的な成果は出なかったものの、あれこれノウハウの蓄積ができ、その年の冬美浜でのレーザー誘雷実験場の近くに設営しての冬季雷観測となった。そして年を越した1995年の1月に阪神淡路大震災が発生したのである。大地震の発生にもめげず私達の干渉計はいろいろと成果を出し、その年の11月からの日米共同のオーストラリア観測に、用いることになった。格好良く言うなら、国際デビューであったという事になろうか。
(この稿続く)
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2022年12月16日

雷放電の観測 14

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1993年、その頃私は助教授に昇進していたものの、博士課程学生は中国からのWD君、武蔵工大からのWM君の僅か二人。研究室に配属されてきた学生は修士課程には進学するとはいえ、博士課程進学はなぜか敬遠気味であった。そんな中、松浦教授の指導しているFT君が博士課程に進学することになり、いわゆる内部から進学する最初の博士課程学生となった。彼の研究主題は電力工学やパワーエレクトロニクスだったけれど、雷放電の野外観測の手伝いはよくやってくれた。研究室の抱えている課題は、教授の電力工学、電力システムそれに付随する予防保全に加えて、技官の山本賢治(故人)さんが実働している電力系統への冬季雷観測、それに私の国内外での野外観測と広範囲で、雷放電の研究は急速に私が中心のプロジェクトに収束していくのである。収束とはいえ、カナダトロントCNタワー、オクラホマやフロリダ、インドネシア、国内では北陸のロケット誘雷くわえてレーザー誘雷といった具合で、私は文字通りの東奔西走だった。
WM君を迎えての雷放電のためのVHF干渉計の設計・製作に、名古屋大学当時一緒に仕事をしたNECの諸井さんが、
「河崎さん、昇進祝いにワークステーションプレゼントしますよ。干渉計作ると聞きましたもので!」
と、当時売価500万円ちかかった最新のワークステーションを提供してくれた。もし名古屋大学に在職当時なら、コンプライアンス問題が起こるかもしれないやりとりながら、大阪大学に移ってしまっていたので、そんな気遣いは全くなく有難く頂くことにした。それに二昔もたっており、時効に違いない。今日ならノートパソコン程度の性能ながら、当時としてはこの上もない贈り物で、WM君はリナックスに悪戦苦闘しながら、観測・解析のソフトウエアに取り組んでくれた。この干渉計は、今日では狭帯域干渉計と我々が呼んでいる装置で、原理としてはFMラジオに近くハードウエアの出力としては、位相のサイン成分とコサイン成分が求められ、それをデジタル化して、雷放電の進展様相を画像化するのである。
そしてようやく大阪大学卒業して博士課程に進学したいというUT君が出てきた。ただUT君はくじ引きで選ぶ卒業研究のテーマが予防保全であったので、
「進学するなら、雷放電の研究をやりたい!」
という明確な意思表示をしており、私は教授の松浦先生と交渉して説得した。松浦先生は不快感を示されたが、最後には納得して下さり、めでたく私子飼いの内部生第一号の誕生となった。
(この稿続く)
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2022年12月15日

雷放電の観測 13

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昨日は、赤穂浪士討ち入りの日

雷放電物理の研究者が通常電界変化と呼んでいる物理量、専門外の方には雷放電に伴って放射される電磁界のうち電界成分と言えば少しはイメージしてもらえるだろう物理量を、LF・MF波帯で広帯域ディジタル観測してみると、諸先輩のスローアンテナやファーストアンテナでアナログ記録していた時に比べ、情報量が格段多く、当然と言えば当然ながら、それまで見えていなかった現象が見えてくるらしいことが分かってきた。そしてこの事実に基づいての画期的な観測は、ようやく2010年になって愛弟子の、TY君、YS君、WT君等が完成することになるのだが、それはずっと先の話になる。
大阪大学に移動した私が取り掛かることにしたのは、長く温めていたVHF波帯の干渉計を用いた雷放電の観測装置の設計・製作である。その資金獲得資金獲得のために、科学研究補助金を申請したら、いきなり採択されたのは有難かった。
干渉計に関しては、空電研究所に在職していた当時、隣の研究室・太陽電波のグループが「電波写真儀」という大掛かりな装置を稼働しており、その教授や助教授が
「河崎君、雷観測用の干渉計を作ったら。」
と常々助言してくれていた。
昨日も書いたように、国際会議でフランスONERAの成果を見たこと、さらにはフロリダでの観測でその装置を実際に見たこと等々、いくつかのきっかけが、科学研究補助金の申請につながり、それがいきなり採択されたのである。
一方私は、大阪大学には松浦教授の研究室の講師として呼んで頂いたというのが本当のところで、いうなら部屋住みの身であり、大型(中型かな?)の科学研究費を獲得したとはいえ、その資金を用いて研究を遂行するための、仲間となる大学院生を育て始めたばかりというのが実情だった。ありていに言えば、手足がなかったという事になる。
その人手不足の解消には、武蔵工業大学の曽根教授から、
「博士課程に学生を一人取ってくれないか?」
と申し出があり、二つ返事で引き受けたりして、実にタイムリーだったという事になろうか。ともかく修士2年を大阪大学で教育しながら、変則的な形で干渉計に取り組むようになったのが、愛弟子2号のWM君なのである。余談ながら愛弟子第一号は現在岐阜大学で教鞭をとるWD君である。
一方、同じ科学研究補助金ながら、あの頃には海外学術調査も獲得しており、先に述べたフロリダの観測(LF・MF波帯で広帯域ディジタル観測)にも関わっていた。こちらの人手不足は、岐阜大学に席を得て五・六年たっていたであろうTNさんや阪大の研究室の技官の山本賢治(故人)さんが参加してくれていたので何とかまわっていた。
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