2026年01月23日

長いエスカレータ

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わてがシンガポールに住んでいることは、このブログで何度も述べている。
77歳の喜寿を迎え、そろそろ日本の故郷に定住しても良い頃だろうと、考え始めている。まぁ里心がついつい出てきたといったところだろうが、今日の主題はそのことではない。
それは日本でならメトロ、シンガポールでならMRTと呼ばれている地下鉄の長いエスカレータの乗り心地に関してである。
十何年か前シンガポールに住むようになって、エスカレータの長いのにいささか驚いた。いざ核戦争となればシェルター代わりになる様にと地下鉄は随分深くほってあると、シンガポールの友人に教えられた。真偽のほどはともかく、地下に逃げたところで、「この島国ではどうにもならないだろうに!」と考えたことを覚えている。それはわての理解で、」シンガポールの人達は有効と信じているのだろう。それにしてもエスカレータは随分と長い。ただ日本でも近年は長いエスカレータが増えているようだ。例えば関西空港も、帰国してイミグレーションから荷物もターンテーブルの税関のフロアまで、三階から一階まで長いエスカレータとなっている。とはいえ、南海難波駅や阪急梅田駅の、一階からホームのある3階まで一気にというエスカレータは、随分と以前からあったから、関西空港がはじめというわけではない。前振りが随分と長くなったけれど、文頭にあげたそのエスカレータの乗り心地である。若い頃にはエスカレータのベルとなんぞに手を添えず乗ったものだが、後期高齢者となる頃から身を守る意味もあって、手を添えるようにしている。そして気付いたのが、シンガポールの多くのエスカレータ、階段部分とベルト部分の動く速さが若干違うようなのである。そのような違和感は、関西空港でも南海難波駅でも感じたことがない。シンガポールで感じるのは違和感だけで、身の危険にまでは及ばないものの、不安を感じることは否定できない。これって日本の技術力の高さによっているのかしらん?
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2026年01月22日

読書について

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電車で隣に座った若い女性、文庫本を取り出して熱心乁読み始めた。最近はスマホに熱中する人が多いので、ある意味珍しい。スマホでなければ、タブレットといったところだろうが。いずれにしても、近年稀有な光景である。
だからいっちょう噛みの天邪鬼爺としては、当然声をかけずにはいられない。
「失礼ですが、一言いいですか?」
「‥‥??はぁどうぞ。」
「最近電車で文庫本なんて、珍しいですね。」
「・・・はい私、紙の方が好きなんです・。」
「そうですか。実はこの私もですけどね。」

と、ここまで話した時、電車は次の駅に停車して、その女性颯爽と下りて行った。
本当はもう少し話を続けたかったのだが、止むを得ない。
私が紙の本を好ましく思うのは、単に人間が古いからではないと信じている。
たとえ話になるかならないかはさておき、人間は情報を目や耳から集めている。そして知りたいこと以外の情報が同時に入って来たとしても、取捨選択は出来る。選択出来るといっても、完全に切り捨てているわけではないだろう、記憶の片隅に残しておいて必要な時に取り出すこともあるのじゃないかと考えている。そういう意味で、スマホやタブレットでの読書では、「不要な情報」は多分入りにくかろうというのが、私の理解。かかる意味で、私は紙の本での読書にこだわっているのだが。
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2026年01月21日

大阪都構想

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大阪府知事、大阪市長両名とも、「大阪都構想」にご執心な様子で、衆議院の解散に併せて選挙で信を問いたいと、辞職しよった。衆院選挙に府知事選挙、市長選挙の日程を合わせたら、税金の無駄遣いにはなへんやろうちゅう事なんやろう。まぁそんなん言い訳にしかならんへん。それに「大阪都、副首都」いうたら聞こえはええけど、17か18年前流行語になった「二位ではだめなんですか?」ちゅう民主党議員さんの言うた迷文句と一緒やとわては思うけどな。「首都になる」ちゅうんやったら大阪人の気概に違いないとわては思うで。なんで副首都狙いたいんや。二位も三位もべったも、一位ちゃうかったら一緒やないかな。
おまけに大阪都構想は、既に二度大阪府民には否定されているんで、わて天邪鬼爺にしてみれば、なんでもう一度信を問いたいのか、三度目の正直狙いやったとしても、ほんまに訝しく思えるんやで。
昔の事言うてもしゃぁないけど、昭和30年代までは大阪はもっと元気やったで。なんちゅうても商都て言われてたんやで。それが東海道新幹線が走り出して、東京オリンピックが開催されて飛行機で大阪・東京間が気楽に行き来できるようになった頃からじりじり下がりだして、昭和45年の吹田万博の頃までかな、東京と対等やったんは。それが大会社の本社機能東京移転が「凋落」拍車をかけるようになってしもうたな。
もっと古い時代に遡ったら、日本で一番古い私鉄は今の南海電車や。大阪人の気概やったんやろ。
それが大阪都ちゅうたら格好ええと思てんのか、副首都のお墨付きもろうたら安心なんか、大阪を引っ張ろうちゅう政治家の指導者センセイ、なんで二位狙いなんや。首都の上いくためにはどうしたらええかちゅうて考えて欲しいちゅうのは、天邪鬼爺の主張なんやで。
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2026年01月20日

阪神淡路大震災から31年 3

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阪神淡路大震災の日、夕闇の迫る頃になって、航空会社のビップラウンジのいる我々に、地上係員が搭乗を知らせてきた。皆搭乗券を持ってはいたけれど、乗客総数が50名弱と少ないので、席は自由にとって良い事が告げられた。加えてシンガポールから乗り継ぎ便のある乗客には、シンガポール内のホテルで一泊を提供、翌日の乗り継ぎ便を用意してあるので心配なくとの事であった。私は1989年から7年連続してインドネシアのプロジェクトに通っていたというのに、シンガポール宿泊は全く初めての経験となった。
午後5時前だったろうか、私達の乗ったシンガポール航空機は、六甲の山並みに向かって飛び立ち、神戸市の上空で旋回して南に向かう経路をとった。500人超の定員に50名たらずの乗客で、ほとんど空席、私は窓際に席をとって、真上から神戸の街を眺めることが出来た。既にラウンジからも、幾筋か立ち上る煙が見ていたけれど、真上から見下ろす神戸の街はそこかしこに火の手が上がっていて、まるで街中が燃えているようにもみえ、事の重大さを改めて認識、
「とんでもない日に、国外脱出したなぁ。出かけるんじゃぁなかったなぁ!」
と後悔、言うまでもなく後悔先に立たずであった。
我々の乗った航空機はほとんど真夜中にシンガポールチャンギ空港に着陸、そのままリムジンバスでシンガポール市内に運ばれた。経由便待ちのため入国手続きもなく、ホテルからの外出も許可されない、いわゆる大地震発生による特別措置と説明を受けた。
翌日は午前7時にはビュッフェ形式の朝食、8時にはリムジンバスで空港に移動、ジャカルタ・スカルノハッタ空港に着いたのは正午前後ではなかったろうか。通関を済ませた私は、先発隊の待つホテルにタクシーで向かった。ホテルでは愛知工大のマサユキさんが待っていてくれて、顔をあわすなり
「河崎さんよう来たねぇ。来れんと思っとたよ!」
と言いながら、インドネシアの新聞を差し出しながら、阪神淡路大震災の犠牲者が、その時点で2000名超かと教えてくれた。
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2026年01月19日

阪神淡路大震災から31年 2

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タクシーに乗る前、足元に目をやった時、湧き水の様にちょろちょろと漏れる水が少し気になった。多分地震で水道管が破裂でもしたのだろうと、走り出してから気付いた。まったく疎い話と、後になって考えさせられた。
ほどなくタクシーは、南海電車・難波駅に着いたが南海電車は運休していて、駅員から
「線路点検のため、運転再開は昼頃になります。関空橋はもう少し時間がかかりますので、泉佐野駅から関西空港まではバス輸送となります。運転再開まで、南海タワーホテルのロビーでお待ちください。」
と説明された。今はスイスホテルとなっている、難波駅のタワーホテルである。ロビーは旅行客に開放されていて、その内地震の情報を提供するようにと、確か10時頃だったろうか、どこからかテレビが運ばれてきた。テレビでは、神戸の街では大きな被害の出ていることを伝えていたので、
「話が違うやん!」
と驚き、ロビーにある公衆電話で自宅に数度電話をかけてみたが、話し中であった。
「まぁ話し中という事は、我が家は特に何もないという事なんだろう。」
と勝手な理解をして、電話集中による電話回線のパンク状態などとは、全く想像できなかった。
昼前になって運転が再開され、私は関西空港行きに乗ったけれど、乗客はほとんどいなかった。そして難波で言われた通り、電車は泉佐野止まりで、空港まではバスのピストン輸送であった。結局関西空港の国際線ターミナルに着いたのは、午後1時半頃だったろう。
空港会社のカウンターで、旅行鞄を預け搭乗券をもらった時、
「出発は夕方になりますから、それまで当社のラウンジで飲食していてください。」
と言われ、ビップラウンジに案内された。いやはや生涯で、最初のビップラウンジ利用となった次第であった。そのラウンジの窓は北向きで、六甲の山並みや神戸の街がま向かいに見えた。そして幾筋かの煙が立ち上っているのを見て、
「なんや大変なことになってるなぁ!」
と、神戸の街の悲惨な状態がここに来て初めて予感できた。
地震発生から既に10時間は経っていたろうか。
(この稿続く)

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2026年01月18日

阪神淡路大震災から31年

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もう31年も経ったんやなぁ、昨日で。
あの阪神・淡路大震災の発生からや。
あの日わいは、インドネシア出張のため、午前五時半頃起き出して、関西空港に向かう準備してた時や。シンガポール経由で、インドネシアジャカルタに行く事になってたんや。
ところがいきなりの大揺れや。当時わいは、守口の12階建てマンションの10階に住んでたんや。今やから言えるけど、ほんまによう揺れた。まるでブランコをゆすってる感じやったな。午前5時46分や。大揺れの中で、わいは妙に落ち着いて冷静に考えてた。
「このマンションが、この揺れで倒れるんやったら、どうしようもないで。きっと倒れんと思う。」
ほんでテレビニュースつけたら、NHKが第一報で、
「東海地方で、大地震があった模様です。」
て伝えたんや。あとで考えたら、うそみたいな報道や。神戸界隈の地震計、電源途絶えて情報が気象庁に届かへんよって、最初は阪神・淡路が震源やと誰も考えへんかったんやろ。
NHKニュースは続報で、阪神地方は致命的な状態にはなっていないようですと伝えとったな。わいは早速関西空港に電話して、昼過ぎ出発予定の便飛ぶかどうか確認した。地震発生の直後は、まだ電話も通じたんや。関空のカウンターの担当者は
「ともかく大きな地震でしたが、安全点検の後、お尋ねの便は出発します。ただし点検には数時間かかるでしょうから、ゆっくり来てください。」
という事やった。テレビでは続報が入って、京阪電車は動いていることが分った。その頃には地震の震源地が、どうも神戸界隈らしいという訂正の報道があったけれど、依然として阪神高速神戸線の倒壊は報じられていなかった。前年の9月アメリカ西海岸の大地震で、確かベイブリッジが通行不能になったことを思い出し
「日本の土木建築技術の方が、はるかに上なんや!」
と根拠のない自信がわいてきて、ともかく関空に向かう事にした。京阪守口駅で乗ったのは午前7時頃の普通電車で、途中京橋に着くころ余震があり数分間の停車となった。それでも淀屋橋までは到着、そこで地下鉄(今の大阪メトロ)が運休していることを知った。止むを得ず地上に上がったら、午前8時前の大阪市内だというのに、妙に静かだった。やがて空車のタクシーが通りかかったので、難波まで行ってくれるかと尋ねたら、快諾
「すごい地震やったねぇ!最初は強風で煽られてるんかいなぁと思うたで。」
と言いながら御堂筋を難波に向かってくれた。
(この稿続く)
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2026年01月17日

現代学生百人一首

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わての誕生日 77歳めでたく喜寿やでぇ

久し振りに天声人語氏から知恵を拝借。昨日の天声人語の内容は、現代学生百人一首。
「ただ長い説教聞きつつふと思うハシビロコウになれたらいいと」
この歌で、恥ずかしながらハシビロコウという鳥のことを知った。何でもほとんど動かない鳥で、ある研究者の調査では、一日の60%をじっとして過ごしているとの結果もあるらしい。グーグル検索によれば、その理由も解明されていて、沼地に住むハイギョを捕獲して餌にするためだそうだという。ハイギョは魚類には稀な肺呼吸する魚で、呼吸するため水面に上がって来るハイギョを、ひたすら待つという。
「まるで釣り人やな、鳥類・ハシビロコウは。」
他の短歌に「親の心が分からないのか!」と叱る親に対して、「じゃぁ子供の心はわかるのか?」と返している歌もあったが、わてにしてみたら、親に高校生の気持ちは理解できるのかは、かなりの愚問。すべての親はティーンエイジャー期を経験し、そのうえで叱っているのだから。
余談ながら「子供の権利」を主張する娘に、「親の義務である」と反論して納得させた経験をわては持っており、あれはあれで正しい対応だったと、今でも信じている。
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2026年01月16日

いじめ

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中学校でのいじめ、その様子を写した画像がSNSで拡散したというニュースを聞いた。文部科学省が都道府県の教育委員会に調査を指示したとも伝えられている。
だが正直なところ、「またか」という感想を抱いた人は少なくないだろう。中学校のいじめ問題は、何十年も前から語られ続けているにもかかわらず、いまだに収束の気配すら見えない。
明日には七十七歳(喜寿)を迎えるこの爺の中学生時代にも、いじめっ子は確実に存在した。ただし、懐古趣味を差し引いても、当時のいじめは今日のそれとは質が違っていたように思う。少なくとも、集団で弱者を追い詰め、その様子を「記録」「拡散」して楽しむほどの陰湿さはなかった。
この爺が気になっているのは、現在のいじめのあり方が、いつから、どのように形作られてきたのかという点である。その一因として、1980年代のテレビ番組の影響を挙げるのは、あながち的外れではあるまい。1970年代、高視聴率を誇る番組に対抗する形で、同時間帯に別のバラエティー番組が1980年代になって登場した。そこでは「弱い者を笑いものにする」こと自体が娯楽として成立していた。罰ゲームと称して熱い湯や氷水に落とす――それを「笑い」として消費する構図である。
私はその番組を一、二度見ただけで、強い嫌悪感を覚えた。人が辱められる様子を、笑って楽しむ神経が理解できなかったからだ。つまり「いじめ」が、明確に娯楽として商品化された瞬間を、私はあの時代に見た気がしている。
もちろん、今日のいじめ問題の原因を、テレビ番組一つに押しつけるのは乱暴であろう。しかし、「いじめを見て笑う」「いじめを共有して楽しむ」という感覚が、社会のどこかで正当化された影響を、完全に否定することもできないはずだ。
いじめ風景がSNSで拡散される現代の状況は、単なる技術の進歩の結果ではない。人を貶める行為を、面白がり、記録し、他者と共有することに躊躇しなくなった社会の延長線上にある――そう考える方が、むしろ自然ではないだろうか?
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2026年01月15日

久米宏さん逝く

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久米宏さんが亡くなったという報。
1980年代に始まったニュースステーション(テレビ朝日、朝日放送で)で、彼がニュース番組の在り方をすっかり変えてしまった、というのが私の理解である。ニュースは公平でなければならないという暗黙の了解もあるけれど、一方では報道は常に権力者(権威者)に対して、批判的であれという考え方もある。私など本音で後者の方が持論に近く、その通りを実践されたのが久米宏さんだったと理解している。それにニュースステーションが始まった頃の民放の「多くの報道番組」は、芸能人ネタやゴシップを中心にすすめていて、バラエティ番組に近かったようにも記憶している。それをすっかり変えてしまったのが、久米さんのニュースステーションであった。
だから私は、あの番組ニュースステーションを、毎夜の楽しみにしていた。
昨日の朝の報道番組で、久米宏さんの特集を組んでいた番組で、あるコメンテーターが、私の持論に近い発言をされていた。今日の政権与党には、そんな報道の在り方に異を唱え、放送局に圧力をかける方がいる。いやはや昭和10年代の、大政翼賛会の如きであると、嘆かわしくも思う。そして久米宏さんの言葉
「私は、民報が好きなんです。なぜなら民報は全て第二次大戦後に生まれており、どの民報も太平洋戦争開始へのミスリードに関係していないから。」
いやはやけだし名言である。合掌
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2026年01月14日

坂の上の雲は

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昨日の続きやで。
「電子立国日本」やった筈やのに、失われた10年、20年、30年を経て日本が落ち目になって、技術力が右肩下がり。おまけにGDPでも、つまり経済的にも中国に抜かれ、ドイツに抜かれ、2025年はインドにも抜かれ、もはや世界5位ちゅうやないか。ほんでなんでこうなったんかちゅうて考えてたら、「末は博士か大臣か?」ちゅううたい文句が今や死語で、博士も大臣もZ世代の若者には興味の対象ちゃうようになったんや。苦労して博士や大臣にならんでも、人生100年時代やから面白おかしう生きれたらそれでええと考える人の方が多なってるんやろ。司馬遼太郎さんやないけどこの天邪鬼爺は、若者やったら「坂の上の雲」を目指して欲しいと期待するんやけどな。今の時代でもそんな若者もおることはおるやろけど、多数派は無駄な努力はせえへんと、皆で群れて当事者にはなりとうないんやろ。ほんでそんな風潮造ってるんが、アメリカ合衆国由来の「人生享楽型」人種ちゃうかと、爺なりの理解や。ぎょうさんで群れて「なんちゃら48」ちゅうグループがいくつもできてるやろ。まぁあういう連中も連中なりの努力はしてると思うけど、昭和前半生まれのわいにしてみたら、なんかちゃうねん。人気が出て皆からちやほやされて、お金もできてええ生活できるけど、さっきも書いたようになんかちゃうねん。やっぱし、額に汗して働く勤勉さが、日本人には良うおおてる。せやけど、「人生楽しまなあかん!」ちゅう文化を、日本人に植え付けたんは、アメリカ合衆国やとわいは、日上かも知れへんけど、考えてるんやで。
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