もう半世紀以上も昔の、私の初恋の話しや。
昭和レトロの高校生の初恋、今の若者にはピンとこんやろな。
南海電車、急行電車が動き始めた。
身動きもままならないのは、私たちだけではない。
電車が加速するたび、乗客たちが雪崩気味に押し寄せ、思わず身を寄せ合う。
私は進行方向側に立っていて、背中で人波を受け止めながら、彼女を守った。
「君は体が大きいから、頼もしい。この路線は痴漢が多いから助かるなぁ」
そう言って笑う彼女の声が、肩越しに柔らかく響く。
電車が定速に落ち着くと、私もほっと息をついた。
ふと気づけば、彼女がぴたりと身を寄せている。
その温もりが伝わってきて、心臓がやけに騒がしい。
「困ったなぁ」と内心つぶやいた瞬間、堺駅に近づいたのだろう、電車が減速を始めた。
今度は彼女の側から、押し寄せる人波。
私は反射的にその衝撃を受け止め、結果として彼女を抱きかかえるような形になった。
停車の反動で人々が後ろに戻っても、私たちはしばらく抱き合ったままだった。
ドアが開き、乗客が降りはじめてようやく、私は慌てて体を離した。
彼女はそんな私の狼狽など気にも留めず、
「本当に助かるわ、もう一駅、頑張ってお姉さんを守るのよ!」
と、屈託なく笑った。
その笑顔を見ながら、私は井上靖の『あすなろ物語』を思い出した。
私と彼女は、まるで鮎太と冴子のようだ――そう思うと、胸の奥が熱くなった。
堺から新今宮までの区間も、私は同じように“奮闘”した。
そして、新今宮で多くの乗客が降りてしまうと、ほんの少しだけ寂しくなった。
次は難波。南海電車から地下鉄への乗り換えである。
あの頃、地下鉄の改札にはまだ“もぎりのおばちゃん”がいて、
私は慌てて乗車券を買い、彼女と一緒にホームへ向かった。
地下鉄は南海電車ほど混んでおらず、車内には落ち着いた静けさが戻っていた。
やがて本町駅。
彼女は小さく手を振って降りていき、
私は一人、梅田へ向かう電車の中で、先ほどの温もりを思い返していた。
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